※バレンタイン&告白の続き。キスシーンあるので御注意下さい。




白くて甘い日


バレンタインの熱気も収まって久しい商店街では、その余熱のようにホワイトデーに向けての商品が売り出されている。
チョコレートは影を潜め、クッキーやマシュマロなんかが台頭しているが、どうしてもバレンタインの余り物に見えてしまう。
そんなことを思いつつ赤丸と共に商店街をぶらぶら歩いていたキバは、ある一つの品物に目を止めた。
それは、シノがバレンタインに欲しかったと言った物と色違いの箱。
手に取ってみれば、その中身はチョコではなくマシュマロだった。
「ホワイトデーって、明日だよな」
誰にともなく呟いたキバの言葉に、足下で赤丸がワンと答えた。
「‥‥やっぱ、返すべきだよな?‥シノにも」
今度はちゃんと赤丸に向かって、キバは問うた。
バレンタインに自分の気持ちを自覚し、その後焦燥感に駆られて告白までしてしまったが、それから進展は何一つない。
シノと顔を合わせても相変わらずの無表情だし、会話も必要最小限。悪く考えれば、以前より少なくなったかも知れない。
やはり嫌煙されてしまったのだろうか、とキバは何度目になるかわからない溜め息を零した。
最近やたらと溜め息が増えたため、紅やヒナタにまで心配されてしまっている。
シノもそんなキバの様子に気付いていないはずはないのだが、今のところ何も言ってはこない。
代わりに赤丸が心配そうに声を掛けた。
「ああ、へーきへーき!」
キバは慌てて暗くなった表情を明るくし、赤丸に向かって笑いかけた。
自分の気持ちに気付いてからというもの、キバの専らの相談相手は赤丸だ。
恋愛経験が無いので参考になる答えは期待出来ないが、一生懸命後押ししてくれるので有り難い。
「シノのお返し、これでいっかな?」
キバは赤丸の同意を得て再びマシュマロの入った青い箱を見るが、なんとなく、シノに柔らかくて甘ったるいマシュマロはイメージ的に合わない気がした。
だが、不意に思い出したのは、ずっと前に紅経由で処理する羽目になったみたらしアンコ特別上忍のケーキワンホール失敗作だ。
団子好きのアンコが妙な好奇心を起こしてケーキ作りに挑戦したが敢え無く大失敗。
それを紅に押しつけたらしいのだが、それでなくとも紅はもともとケーキの類は嫌いなので、当然の如く部下である自分達に回ってきた。
普通のケーキの倍は甘いそれにヒナタもキバも二切れで辟易する中、勿体ないからと、結局半分以上食べたのはシノだった。
意外にも甘党なシノに、ヒナタもキバも目を丸くしものだ。
あのケーキをあれ程食べられるなら、マシュマロの甘ったるさなど物足りないくらいだろう。イメージ的な問題は、この際目を瞑ろう。
キバはわけもなく全部別の種類にしようと決め、シノにはマシュマロ、母のツメにはクッキー、姉のハナには飴、
ヒナタには赤丸と一緒に一番可愛くラッピングされたキャラメルを選んだ。


そして次の日。ホワイトデー当日は一日暇だったので、姉と母には午前中に渡し、ヒナタとシノには赤丸と共に直接家にお返しを持って向かった。
日向家へはよくヒナタを送り迎えしているため慣れた足取りで向かい、ヒナタに難なく渡すことが出来たのだが、問題はシノだ。
一度だけ行ったことがあり家の場所だけは知っているのだが、入ったことはなく、その上わだかまりがある(とキバは感じている)現在の状況で家を訪れるのには勇気が要った。
しかも森を所有しているという話だが、どちらかというと森の中に家があると言う表現が正しく、厳かな森の雰囲気に緊張感が高まってしまう。
「森って、癒し効果があるんじゃなかったっけ‥‥?」
気を紛らわせようと前を行く赤丸に言ってみれば、緊張していることを見透かされて励まされてしまった。
そんなこんなで記憶と匂いを頼りに辿り着いたのは、見覚えのある重厚な門の前。
門があると言うだけで始めてヒナタの家を訪れた時も吃驚仰天したものだが、油女家の門構えはそれ以上。
うちはや日向に比べると影の薄い油女も立派な家柄ということか。と改めて思うと、なんだか一人だけ除け者にされた気がしてキバはちょっと口を尖らせた。
だが、今更、家云々の話をしたところでどうなるものでもない。
それに犬塚だって、それはそれで立派な家系なはずなのだから。
暗い気分を気合いで追っ払い、さてどうしたものかときょろきょろ見回す。
呼び鈴の類がないかと探してみたが、見当たらない。
赤丸を見ると、こちらもふるふると首を横に振った。
「しゃーねーな」
とキバは呟くと、すうっと思い切り息を吸い込んだ。
こういう場合、「たのもー!」ってのが筋だろ。等とまるで道場破りが如き道理を思い立ち、実践するつもで。
だが、その筋違いの道理が通る前に、鈍く黒光りする門が音もなく僅かに開かれた。
意気込んでいたキバは思わず咽せ返る。
「‥‥‥大丈夫か?」
げほげほと咽せるキバに掛かったのは、聞き覚えのある、低く静かな声。
「‥‥あ~、おう。‥大丈夫、だ」
最後に一つ咳払いして、キバは相変わらずの格好と態度で目の前に構えるチームメイトを気まずそうに見やった。
「随分タイミング良く出てきたな‥」
「訪問者があれば、蟲が知らせてくる」
実のところタイミングは頗る悪かったので、少し恨めしげな視線を向けてキバが言うと、シノの突っ慳貪な返事が返される。
そして、なんとなくぎこちない間。
そんなに自分の訪問が嫌だったのかと不安になったが、こいつの態度はいつものことだともう一つおまけに咳をして、キバは気持ちを切り替えようとした。
「そっか」
それでも足りなかったので、上着のポケットの中でお返しを弄びながらにいっと口の端をこれでもかという程上げて笑顔を作ると、
無理矢理だったが、効果はあったようで幾分か気分が明るくなった。緊張感は先程の失態で吹き飛んでいた。
「何か、用か?」
シノもシノで思いの外嫌だったわけではないらしく、思いがけない訪問者に素直に驚いている風を微かにちらつかせる。
「ん? あ、おう。‥‥遊びに来た!」
折角来たのだからここで渡してしまってはつまらないと思い、調子づいてキバは胸を張って言った。
自分らしさが戻ってきたと自身で感じ、今度は自然な笑顔で応える。
キバの答えにちょっと面食らったようなシノだったが、不意に雰囲気が和んだ。
そのことに気が付いた赤丸は、二人のわだかまりが解けたことを敏感に感じ取り、嬉しそうにぱたぱたと尻尾を振っていた。


通されたシノの部屋は、物の見事に期待通りだった。
シノがお茶を持ってくる間にキバは無遠慮に探索したのだが、漫画やゲームの類は一切無く、必要最低限の調度品と後は本と虫に関する諸々。
それも、少なくはないがきちんと整理されているため部屋は殺風景だ。
あまりに予想通りでつまらない、とばかりに用意された座布団にどかっと腰を下ろし、キバは胡座を組み腕を組んだ。
赤丸はというと、猫のように陽当たりの良い場所をちゃっかり見つけてすでにおやすみモードに入っている。
あまりに物がないのでキバがそわそわ落ち着かずに待っていると、シノがお茶を運んで来た。
お茶菓子は断っておいたので、二つの渋い茶碗だけを小さな四角いお盆に乗せている。
「それで、何の用だ」
キバの前に盆を置き、それを挟んでキバの向かいに腰を下ろしながら、シノは言った。
早速お茶に手を伸ばして熱いお茶をふうふうと冷ましていたキバは、言われて本題を思い出し、そうだったと茶碗を盆に戻した。
「あの、ほら。バレンタインに、チョコもらったから、さ」
脱いで横に放っていた上着から、あたふたと品物を取り出す。ほら、と突き出せば、シノは「ああ‥」と納得した声を洩らした。
お返しの箱を受け取ると、暫しそれを見ていたシノだったが、すぐ顔を上げ、しげしげと今度はキバを眺める。
キバは思わずドギマギし、顔が熱くなるのを誤魔化すためにわざと顔をしかめて見せた。
「な‥なんだよ」
「否。意外と律儀だと思ってな」
「‥‥悪かったな」
「からかっているのではない。バレンタインにやったと言っても義理にもならないチョコに、きちんと返すというのは立派だ」
「別に。義理であってもなくても‥‥俺は、嬉しかったし‥‥」
キバは照れ隠しに頭を掻き掻き大したことではない風に振る舞おうとしたが、敢え無く失敗し、言葉の後ろはぼそぼそと消え入りそうな程小さくなる。
それでもシノが更に「立派だ」と同じことを繰り返すものだから、キバは体まで縮こまったように感じ、耐えられなくて思わずシノの持っている箱を奪い取った。
「褒め殺しはいいから! さっさと食え!」
折角シノが珍しく褒めてくれたのに、何やってんだ俺。
と自分の堪え性の無さを責めつつ、だがこうなっては後には引けないと箱から出した透明な袋をシノに突き出す。
ほわほわした白いマシュマロと、色白のシノが目の前で並び、案外似合わないでもないな等と漠然と思った。
一方赤い顔のキバに突き付けられたシノは、一瞬驚いたもののキバの言い分も尤もだと思い至り、キバが差し出している袋から一つ、つまみ取った。
白い指先がふにゃりとマシュマロをつまんで口まで運ぶ一連の動作を無意識の内に見つめていたキバは、それが口に着いた瞬間自身が硬直するのを感じた。
その時になってはじめて見てはいけないと頭の中で何かが警告を発したが、時既に遅し。
白いふわふわのそれがシノの薄い唇で一度微かに銜えられ、すぐ口の中に含まれた様や、柔らかい割に砕きにくいせいか多めの咀嚼の後、ごくりと飲み込まれる様から目が離せない。

―――――美味そう。

チョコよりも甘ったるい匂いが、更に効果をもたらしている。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
警告は更に鳴り続け、キバは鼻にまとわりつく甘い香りを振り解き、シノの口元から無理矢理目を引っ剥がした。
美味そうだ、と思った。
だがそれは、マシュマロが、ではない。
もともとキバは噛み応えのないマシュマロは好きではない。
バレンタインの時はチョコが美味そうなのだと思ったが、今ならわかる。それは大いなる間違いだ。
美味そうなのは‥‥
考えがそこに至って、キバは猛然と立ち上がった。
キバが頭の中で葛藤している間に袋ごと受け取り二つ目か三つ目を口にしてもくもくと動かしていたシノは、突然立ち上がったキバを驚いたように見上げた。
「お、俺、帰る!赤丸!‥‥て、あれ‥?」
矢継ぎ早に、シノに口を挟む余地を与えずキバは赤丸を呼んだ。
だが、寝っ転がっていた場所に赤丸の姿はない。
「あか‥うぉわっ――――と、とっっ!?!?」
「!」
どこいったと部屋を見回す暇もなく、キバの足に何かが突進してきた。
すっ転ぶ拍子にそれが赤丸だとわかったが、その行動の意図が分からず混乱する。
混乱しながらもお茶に突っ込んではならないと一歩踏みだし避けた。‥‥までは良かったが、結局その先のシノに突っ込んだ。
立っていれば支えることも出来ただろうが、座った姿勢では上から降ってくるのを受け止めきれず、下敷きになるのが必然だろう。
「わ‥わり‥‥っ!」
謝罪しながら慌てて体を起こしたキバだったが、シノの顔をくっつく程間近に捕らえて、固まった。
食し終えた直後なのだろう。甘ったるい香りが、再びキバに絡みつく。
その香りに誘われたのか、腹が空いているわけでもないのに餓えを覚えるという、奇妙な感覚に襲われる。
強烈な餓え。
そして、目の前に美味そうなものがある。
ごくりと、喉が鳴る。
頭の中の警告はいつの間にか鳴り止んでいて、再び鳴る気配もない。
妙に、感覚が研ぎ澄まされていた。
そのくせ頭は惚けて何も考えられない。
キバは耐えることも思いつかず、欲望の赴くままシノの唇に口吻ていた。
予想以上に生々しい感触に、体温に、餓えは更に鎌首をもたげる。
唇を重ねるだけでは飽きたらず、甘い名残を残す唇を舐め、口腔内を堪能する。
夢中で貪り、餓えが退いていくのを感じて漸く、キバは離れた。
離れた時に見えたのは、サングラスの奥で目を伏せ息を整えるシノだった。
自分と視線を合わせないシノに切なくなって、堪らず囁く。
「好きだ…」
自分でも驚くくらい、その声は低く優しく響いた。
拍子に目を見開いたシノと視線がかち合い、キバははっとして身を引き剥がした。
「…………あ…オレ…」
「待て。キバ!」
自分のしでかしたことを頭で認識する前に、キバは逃げ出そうとした。
心臓が爆発しそうになったり、顔が熱くなったわけでもなく、ただ、苦しい。
折角元に戻り掛けた関係を、今度こそ完璧に壊してしまった。
そのことが、とにかく苦しかった。
しかしキバの脱走は蟲によって阻まれ、部屋の戸に手を掛けることすら叶わなかった。
「キバ! 待てと言っている!」
「蟲使うほど怒ってんじゃねーかっ!」
「怒ってなどいない」
「嘘だ!!」
蟲の渦の中、背を向けるキバの肩が震えていることにシノは気付いた。
「‥‥怒ってる。俺のこと、嫌いになったんだろ! 好きだっつっただけでお前俺のこと避けてただろ! こんな‥こんなことして‥許すわけねえ!」
叫び声の中に混じる、震えた声。
シノは困ったように眉を寄せ、蟲たちを戻し徐にキバに歩み寄った。
「屋敷の中には、虫が放し飼いされている。一族以外の者が一人で歩き回るのは、危険だ」
そう、淡々と、殊更ゆっくりシノが言うと、ビクリと大きく肩が揺れる。代わりに小刻みな震えは止まり、やっと少し落ち着いた様だ。
背を向けたままのキバにシノが途方に暮れていると、キバがゆっくりと振り返った。
シノは顔を覗き込み様子を窺おうとしたが、キバはそれを避けるように俯いたまま両手を伸ばし、徐にシノをぎゅうと抱き締めた。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥好きなんだ‥‥シノ‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥嫌いに、ならないでくれ‥‥」
ぎゅうっと更に力を込めて抱き締められる。
シノは助けを求めて赤丸に視線を送ったが、赤丸はお利口なことにそっぽを向いて垂らした尻尾をゆるりと振っていた。
やれやれと小さく息を吐き、シノはどうしたものかと眉をひそめ、躊躇いがちに片方の手をキバの背に回してぽんぽんと子供をあやすように叩いてやる。
すると肩口により顔を押し当てられたので、もう片方の手で今度は頭を撫でた。
この状況をどうにかしてくれと居もしない誰かに望みながら、シノが心の奥底で状況を打破する者が誰も居ないことに安堵していたのは、
流石の赤丸も知らぬ事だ。





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あとがき
ホワイトデー! 告白話に続くキバシノです!
企画もので続けるなってことは、言わないでください。もう。
シノキバチックなキバシノが大好きなので、いつもながらキバが空回ってます。
キバ攻めって言うか、今回は赤丸が押しまくり?
赤丸は恋のキューピッドでもいいですが、どちらかというと頼りない兄のために奔走するしっかり者の弟って感じですね(笑)
ホワイトデーで告白しても良かったと後から思ったのですが、実はホワイトデーのことをすっかり忘れてまして…思い出したのは3月入ってから。
そう言えばそんな日もあったと。
まあ兎にも角にも。
キバのやり逃げ状態が解けてよかったよかった。












(07/3/14)