若草色のバレンタインデー
「あ…あの、キバくん、シノくん…!」
演習の後、おずおずと二人を呼び止めたヒナタは、可愛くラッピングされたチョコレートを差し出した。
「いつも、お世話になってるから…」
透明な袋にそれぞれ赤と紫のリボンが結ばれているそれは、傍目しっかりしているが、よく見ると所々歪みがあり手作りであることが見て取れた。
「おっ。サンキュー!! ヒナタ!」
早速キバが、躊躇うことなく左手にのった赤いリボンの袋に手を伸ばす。
正面に出されていたためであるが、考えずとも、二人のイメージに合わせてヒナタが選択した色であることはわかった。
「ありがとう、ヒナタ」
キバに遅れて、シノも紫のリボンの袋を受け取る。
「紅先生はくれねーの?」
キバが調子にのって言うと、紅は満面の笑みで返した。
「あら、面白い冗談ね」
紅にそれ以上の言葉は出せず、キバはひきつった笑みを残してシノとヒナタと共にさっさとその場から退散した。
ヒナタを送り、いつものようにシノと二人並んで歩く。
町外れの路地だというのに数組のカップルやチョコを手にした人とすれ違う。
その度にキバは心が擽られる思いがした。
「へへ、俺、ヒナタので今日三個目だぜ。お前いくつもらった?」
当然、残り二つは母と姉だ。義理もいいところだが、とにかくもらえればなんでもいい。
そう、バレンタインは一種のお祭り。
アカデミー時代は数名でチョコを囲んでもらったもらわないの騒いだものだ。
今ではあの頃程大袈裟にしないものの、男子間の数の競い合いはやはりささやかな楽しみである。
「今日は、ヒナタのだけだ」
「だけ?」
シノの答えに、キバは緩んだ頬を少し戻した。
「お前、母ちゃんからもらわねーの?」
「母上からは昨日もらった。当日は親父だけにやるそうだ」
「……愛されてるねぇ、親父さん」
チームメイトそっくりな父親を思い出しキバが苦笑すると、シノはうむと小さく頷いた。
「やっぱ、本命は強いよな。義理が束になったって敵わねーよ」
「……もらったことがあるのか?」
珍しい、シノからの問い。垣間見える好奇心に、キバは思わずにやけた。
「………知りたいか?」
「言いたくなければ、別にいい」
シノに興味を持たれたことに内心ほくそ笑み、悪戯に焦らしてみる。
しかし焦らすつもりがそっけなく即答され、逆に焦った。
「や、ねーから! ってか、お前はあんのかよ?」
「無い」
これまた即答。
「お互い、寂しいなぁ…」
ぽふっとシノの肩に手を置き、キバはしみじみと言った。
そうか?というシノの呟きが聞こえたが、敢えて何も言わない。
おそらく、そこらへんについては意見が食い違うだろうから。
そんな時、キバの腹がぐうと鳴った。
「チョコの話してたら、腹減った。ヒナタのチョコ、食おうかな」
そう言って取り出した袋には、赤丸用であろう、骨型のクッキーも見える。
それから懐で大人しく眠っている相棒を見て、開けるなら一緒に開けたいと思った。
キバのそんな思案を見抜いたのか、シノが突然立ち止まり、ポーチから一つの箱を取り出した。
「なんだよ、その箱」
明らかにチョコの箱だが、もらったのはヒナタだけではなかったのか。
「自分で買ったやつだ」
「……はい?」
あまりに予想外の答えに、キバは耳を疑った。
自分で…?
バレンタインに、自分で……!?
「っ、馬鹿かお前!! バレンタインに自分でチョコ買ってどーすんだよ!!! つーか、どんだけ寂しい野郎だよっ!!」
思わず大声でつっこみをいれてしまい、ひとりふたりいた通りすがりの人がこちらを振り向く。
しかし人の視線など気にする二人でもなく、シノも眉は寄せたがそれは馬鹿と言われた事に対してだった。
「お前に馬鹿と言われる筋合いは無い。ただ、この箱が欲しかっただけだ」
「……箱?」
「今度、幼虫を飼うのに良いと思ってな」
シノの手にピッタリ収まったそれは、淡い若草色の短い円柱形で、フタの真ん中が透明なフィルターになっていて窓のよう。
空気穴さえ開ければ、確かに虫を飼うのに良いかもしれない。
「……だからって、なにも今日買わなくても。明日になりゃ、安くなるだろ?」
「あと二つしかなかった」
マイペースにそう言いながら、シノは箱を開け中の袋を取り出す。
メロン味なのか、箱と同じ色合いの丸いチョコ。
シノは袋も開けて一粒つまんだ。
呆れたようにその様子を見つめていたキバだったが、シノがチョコを口に運ぶ段階になって妙な気持ちに気付いた。
なんだか、とても美味そう。
ヒナタには悪いが、今シノの持っているチョコの方が断然美味そうに見えた。
さっきまではそんなこと思いもしなかったし、どう考えても手作りの方が嬉しいはずなのに。
丸いチョコレートがシノの口に含まれる様子をじぃっと見つめ、咀嚼されて飲み込まれる時、思わず自分の喉も鳴った。
これはメロン味なのか…?という呟きが、ぼんやりと聞こえる。
どうやら味にも興味があったらしい。
『キバ』
ふいにした呼ぶ声が、風船が割れる音のように大きく聞こえた。
「あ、な、なに!?」
「食うか?」
「へ?」
そんなに物欲しそうに見えたのだろうか…。
とキバは一瞬不安になったが、シノは別段気にした風もなく袋を差し出している。
「開けてしまったが、お前が良ければ全部やる。箱が欲しかっただけだし、味にも興味があったが……」
再び、これはメロンなのだろうか…と呟き首を傾げた。
しかしシノの素朴な疑問など最早キバの耳には届かない。
キバは、差し出されたチョコレートに釘付けとなっていた。
バレンタインデーに男にチョコをもらうというのは、普通なら屈辱とも言える。
………はずなのだが。
その若草色の丸いチョコレートは、今までのどのチョコよりも美味しそうで、そしてとてつもなく嬉しい。
「キバ。いらないなら…」
いつまでも凝視するだけで受け取らないキバに、シノが言いかけた。
キバははっとして、慌てて袋をひっつかむ。
「食う!!」
そう言って手を突っ込み一粒乱暴に取り出して口に放り込んだ。
本命どころか義理にも当たらないそれは、甘く、甘く、とても甘く、美味しいバレンタインにもらったチョコレート。
「うん、美味い!」
なぜこんなに嬉しいのか。思い当たった節に自分自身信じられなかったが。
今はとにかく、素直にチョコレートを味わうことにした。
結局、メロン味かどうかは、わからなかったが……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
やって来ましたバレンタイン! というわけでキバシノです!
ちょっと自覚編を含み、表にあるキバシノ小説とつなげてみました。
あいかわらず赤丸の扱いに困っておりますが、そこはなんとか…。
(07/2/14)