虫は外犬は内

節分。それは豆を撒いて家の外へ悪しき鬼を追い払い、家の内へ福を呼び込む行事である。
「よって、他者の家に来て豆をばらまく日ではないぞ。キバ」
シノは、豆の詰まった袋を引っ提げ突然やってきて、今は縁側で庭に向かって思う存分力の限り豆を撒いているキバに言った。
部屋の中は既に「福は内」の豆で足の踏み場もなく、庭や森方面も「鬼は外」の豆が広範囲にわたりばら撒かれている。
「いいだろー!! 部屋は後で片づけるし! 外のは虫が食うだろっ!?」
「……外はともかく。中のこの量…食うのは年の数だぞ。余った分はどうするつもりだ」
「細けー!! いくら食ってもいいじゃん、そんなの! それに余ったら……チョウジにもってってやろうぜ」
「あいつは脂質の取り過ぎだ。それに豆だけの摂取はアミノ酸が不足し……」
「わぁーった、わぁーった。余ったら家に持って帰るから!」
キバは大量にあった豆をほとんど投げ終え、シノの説教を遮って振り返った。
自分がやったとはいえ、部屋の惨状を見て思わず苦笑いをする。
シノは部屋の隅に避難して直立不動の姿勢で眉間に皺を刻んでいるし、その足下では豆の絨毯の上を赤丸が楽しそうに転がっていた。
「そもそも、豆撒きは自分の家でするものだ。他人の家でこんなに撒いてどうする」
シノの迷惑そうと取れなくもない声と「他人」宣言を聞き、キバはちょっとへこんだ。
「………だってよ、一度思いっきり撒いてみたかったんだ。ウチじゃ犬がいるうえ狭いからできねーし。
まさかヒナタんちじゃ無理だし。紅先生とこじゃ殺されるし…。ここなら、広いし外森なんだから捲き放題じゃん」
キバはまだ一掴み程豆の入った袋を手で玩びながら、ぶつぶつと主張した。
実はそれだけの理由ではなかったが、それは言わなかった。
キバの言葉を受けて、確かに随分楽しそうだったな、とシノは考えながら、また別の考えを巡らす。
「………シカマルのところにも広い庭がある。そっちでもよかったはずだ。あいつとは、俺より気心が知れているだろう」
シノの科白に、キバが袋を玩ぶ手を止める。
気心…?
「なんだよ、気心って」
なんだよ、それ。俺はお前と同じ8班なんだぞ。なんで同じ班のお前よりシカマルと気心知る仲になってんだ?
「ナルト、キバ、シカマル、チョウジ。お前達四人はよく一緒に補習を受けていた」
シノの答えに、ぽかんとするキバ。
確かに。
アカデミー時代、その面子はよく一緒に居残りをさせられた。
ナルトはイタズラetcで。キバはケンカか居眠りで。シカマルは居眠りかサボりで。チョウジは早弁で。
でもそれは偶々であって、まあ別段嫌ってもいなかったが、特別仲が良かったわけでもない。
しかし、シノには仲良く見えていたようだ。だから気心……。
「バカ野郎! 俺等は別に……ってか、お前んちじゃないと意味ねーんだよ!!」
「……?」
キバは思わず、叫んでしまった。
シノが不思議そうに首を傾げる。
間違いなく、その意味とやらが何か問う仕草だ。
先程言わなかったもう一つの理由を、言わなければならない状況。
しばらく、どちらも黙って沈黙が舞い降りた。それを察して赤丸が不安げにキバに歩み寄る。
赤丸にまで首を傾げられ、キバはとうとう、折れた。
「……だから、さ。俺は、お前の家に福を呼んで、鬼…つうか……あれだ…『悪い虫』が付かないようにだな…」
赤丸を抱き上げ、抱えながらそう告げる。
この時、キバは言うのに必死で言葉を選び間違えた事に気付かなかった。
「毒を持つ虫はいるが、『悪い』虫はいない」
少し不機嫌そうなシノの声に、はっと顔を上げる。
当然、キバの言う『悪い虫』とはそういう意味ではない。
「ち、ちがう! そうじゃなくって……え~と、つまり………」
まったく。こいつ博学のくせにたまにズレた解釈すんだもんなぁ…。
キバがどう説明しようかと考え始めると、そこに丁度良く部屋の戸が開かれた。
そこに現れたのは、畑カカシと忍犬パックン。案内してきたのであろう虫が一匹回りを飛び回っている。
「!?」
「お早いお着きで」
落ち着いてカカシたちに言うシノに対し、信じられないように目を瞠ったのはキバ。
部屋が豆の匂いで充満しているうえ注意していなかったので気付かなかったのだ。
しかし腕から飛び降りて早速パックンとあいさつを交わしているところから、赤丸は気付いていたらしい。
よく知る相手だったので知らせなかったのだろう。
「なんで、カカシ先生が…?」
呆然とするキバにようやく気が付いたシノは、キバに向き直り言う。
「最近、囲碁の相手をしてもらっている。シカマルやアスマ先生は将棋専門なのでな。俺は将棋も好きだが囲碁も好きだ」
キバはシノの説明にも目を白黒させた。
だからって、なぜよりによってカカシなのだ。
ふいに自身の横に移った匂いに、キバは目つきを鋭くする。
「そうか~。キバは知らなかったのか~。今日は俺がシノと約束してたんだ~」
間延びした声が、あからさまに優越感を表す。
しかもしゃがんでにこにこ笑いながら、キバの頭をクシャクシャと撫でるものだから、余計キバの神経を逆撫でた。
「―――――っ、シノっ!! こういうのを、『悪い虫』っつーんだ!!」
キバがカカシをビシッと指差し、シノに向かって叫ぶ。
そして袋に入った最後の豆を掴み取り、『虫は外!』と怒鳴って悪い虫に投げ付けた。
しばらく。
シノは、そんな二人の様子を唖然として眺めていた。
袋の豆を使い切っても尚、地面に落ちている豆を拾ってはカカシに投げ付けているキバ。
そしてわけが分かっているのかいないのか、面白がって追いかけられているカカシ。
「…………………」
「ま、気にするな」
「アン、アンッ!」
下からかけられた声に、ゆっくりとそちらを見下ろすと、パックンが豆を口に放ったところだった。
その横では赤丸が尻尾を振っている。
「なかなか、美味いぞこの豆」
「………そうか。ならば好きなだけ食ってくれ」
そう言ってシノも一粒拾い上げ、ふっと埃を吹いてから口に放った。
適度に固く、噛むとぼろりと崩れ、豆独特の香ばしさが口の中に広がる。
「うむ。美味い」
悪い虫は外。良い犬は内。
この春も、きっとよい始まりの季節になるだろう。 





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あとがき
書きたかったもの。
節分の話。
全力で豆を撒くキバ。
囲碁やるシノとカカシ先生(実際はやってないけれど)。
キバvsカカシ。
そして、パックンとシノ!(笑)












(07/2/3)