※濃いめのキスシーン他微妙にエログロな表現が有ります。
















ムシムシとした蒸し暑さの中、ベタ付く布地も汗ばむ喉も、何もかもを引き受けて口付けをした。
「誕生日プレゼントだ」とおざなりに口に押し込まれた肉片にムカついて、その乾燥した肉を噛み砕き柔らかくする間も惜しむように、
出掛けようとする其奴の首根っこをひっ捕まえる。そしてキスというよりは齧(かぶ)りつくようにして、口付けをした。
クチュクチュと、口の中で中途半端に咀嚼されたジャーキーが、舌と舌の絡み合いと応酬に音を立てる。
混ざった唾液に、それでも肉片は溶け切ることはなく、離れた口にそれぞれ残った。
「   」
何か文句を言わんとしてか開かれた口は、けれど結局一言も発することなく閉ざされて、彼は何も言わずに、出て行った。
口の中に溶け残ったものが、妙にリアルな感触と血肉の味を滲(し)み渡らせる。

「   」

何も言わずに出て行った灰色の背中に向かって、キバは口を動かした。




Milky Way Capriccio ~junkie junk jerky & the glow of firefly ~
ミルキーウェイ・カプリチオ~ジャンキー・ジャンク・ジャーキー&ザ・グロウ・オブ・ファイアフライ~




別の任務を与えられたシノを除く8班の今回の任務は、大名同士の七夕デート…もとい、お見合いの護衛。
大名といっても中流階級の、高いと言えば高いが低いと言えば低い、中間管理職クラスの大名で、それがどうやら、政略結婚を目論んでいるらしい。
階級的にはさほど差の無い大名同士だが、商品の流通や原材料の獲得、その他諸々の便宜上、利害関係の一致とやらで互いの子供を結婚させたい腹らしい。
それならいちいち見合いなんかしないで結婚させちまえば良いじゃねぇか、と短絡的な者は思うのだが、高貴な方々にはそうはいかない事情があるらしい。
やれ物事の順序やら準備やら、根回し調整ご機嫌取りにエトセトラ。
その癖一番肝心な本人達の気持は蚊帳の外なのだから、阿呆らしい。
「色々、あるから…」
色々と複雑なお家事情を持ったヒナタは、不満を漏らすキバに、困ったような笑みを浮かべてそう言った。
「でも、ちゃんと二人だけの時間もあるみたいだし。それに、ほら、プラネタリウムでお見合いなんて、す、素敵だし…」
不機嫌そうなキバに気を遣ってか、ヒナタがそう続ける。
まあなぁ…と見下ろす眼下には、球状の、珍しい形をした建物が宵闇の中にその影を沈めている。
七夕デートとは言うものの、この一帯は地形や気流の影響で滅多に晴れる事が無い。
そのため作物が育たず、代わりに機織りなど織物文化が栄えた土地であり、利害関係というのもその辺りの事情に根差したものである。
そしてこの一帯の人々は、何故か晴れた日の太陽を拝む事以上に、晴れた星空を拝む事に強い羨望を抱いているらしい。
古くから星への信仰があるらしく、紆余曲折はあったもののプラネタリウムの建設、そして本日はその試写会を行うまでに至ったわけだ。
政略結婚だなんだとキナ臭い背景はあるものの、片田舎にできたプラネタリウムともなれば多少の町興しにはなるだろう。
現に先程までは人のごった返しで大わらわだったし、護衛の任に就いているキバ達とは別にこの除幕式的イベントの警護にも、木ノ葉から数名派遣されている。
今静かなのは、プラネタリウムの上映が始まっているからだ。
球形の屋根をした円形ホールでは今、満天の天の川が映し出されていることだろう。
「プラネタリウムねぇ…」
キバは気の抜けたような顔で、空を見上げた。
常に曇ったその空には、星の欠片も見ることはできない。
満天の星空を見るに事欠かない木ノ葉の里で育ったキバには、人工的に作り出してまで星空を見たいと願う住民や大名達の想いは、いまいち理解し難いものだった。
「………」
でもまあ確かに、雲に覆われてただ真っ暗なだけの夜空というのは、嫌かもしれない。
そのうえ今日は七夕だ。
天の川の一つや二つ、見たいと思うのは当然と言えば当然だろう。
「あ、わ、わたしちょっと、反対側の様子、見て来るね」
ポカンと曇った夜空を見上げていたキバに、ヒナタが言って立ち上がった。
今は高木の上から広範囲の見張りをしていたのだが、定期的に周辺の見回りも行っているのだ。
「ん…? ああ…」
立ち上がったヒナタを見上げながら、おぅ、と了解の返事をするキバ。
ところがヒナタはもじもじとしながら、一向に行こうとしないので、キバは訝しげに眉を顰めた。
「何だよ。行かねぇのか?」
ほんの少し険悪さの滲んだキバの声や表情、雰囲気に、ヒナタがびくりと僅かにたじろぐ。
しかし何か意を決したように服の裾をぎゅっと握りしめると、「あ、あのね…」と口火を切った。
そしてゴソゴソとポーチから何かを取り出して、ズイと両手で差し出してくる。
「あの、ゴメンね。に、任務中に、どうかと思ったんだけど」
お、お誕生日おめでとう…! と深く深く頭を下げながら差し出されたそれは、茶色い紙袋に包まれていながらも、キバの嗅覚にはすぐ判った。
中身はビーフジャーキーだ。
くん、と動いたキバの鼻に、ヒナタも気付いたらしい。
「あ、これ、な、何あげたら良いのか分からなくて、シノ君に相談したらやっぱりこれが良いんじゃないかって」
そう、慌てた様子で説明を補足したヒナタだったが、何故かそれを聞いたキバが顰めっ面を益々渋くしたものだから、更に慌てて言葉を重ねる。
「あの、えと、キバ君達、好きだし、保存も効くし、非常食にもなるし…」
「んあ?」
あわあわとしだしたヒナタに気が付いて、キバは我に返ったように声を出した。
「ああ、分かってるって、んなこたぁ。サンキュ、ヒナタ」
ようやくにぱっと破顔してプレゼントを受け取ってくれたキバに、ヒナタがほっとしたような顔をする。
ワンッ! と、キバが受け取るのを待っていたかのように、それまでキバの傍らで黙って見守っていた赤丸も賛同し、
今度こそ本当に、零れるようにヒナタは笑った。



その場から離れる前に、追加でヒナタからされた釈明じみた説明によれば、紙袋に入れ包装したのはシノらしい。
選んだのがシノだと言われた時は、(アイツ俺にはビーフジャーキー与えとけば良いとか思ってんじゃねぇだろうな…)とついつい渋顔を作ってしまったが。
包装までというのは、少し意外だ。
「……つっても、包装するならするでもうちょっと何とかなんねーのかよ。あの蟲オタク」
茶色い紙袋なんてセンスの欠片もねぇじゃねーか…とブツクサ言いながら、でもまあシノだしなぁ、とキバは半笑いを浮かべた。
彼奴にセンスを求める方が無茶だよな、と一人納得して口の端を上げる。
しかしそんなキバに、袋の反対側を覗いた赤丸が何かを訴えるようにキバを見上げた。
ん? どした? とひっくり返して見れば、無地な袋の代わりに、変わった封がしてある事に気付く。
「あ? 起爆札?!」
思わず反射的にのけ反ってしまったキバだったが、薄暗い中よくよく見てみれば、どうやら違うらしい。
起爆札のような術式布の一種のようだが、その術式はキバが見た事の無いものだった。
「………何だよ、これ。普通に開けて、大丈夫なのか?」
一抹の不安に疑念が過ぎるも、さすがに危険なものを送り付けてくる程捻くれ曲がった奴でもない。
(それに危ねぇもんヒナタに持たせる奴でもねぇしな…)
と考えて、キバは一瞬、自分がシノの何をどう信じてるんだか解らなくなって頭を抱えた。
そんな不可解なキバに、赤丸が不安そうな、不思議そうな声をかける。
「ああいや何でもねぇ……ちょっと疑心暗鬼にな…」
そう苦笑いをしながら手を伸ばして、白い毛を撫でれば心地良い。

シノの、何を信じているかとか。
アイツの、何が好きか とか ―――


ビリッと封を無造作に破る。


と同時に、ふわっ、と何かが暗闇の中に浮かび上がった。
それは光玉のような眩しいものでもなければ、閃光のような強烈なものでもなく。

下から上へと舞い上がる蛍のような、

最後の最後まで消え残った、花火の残り火のように。

ほんの瞬く一時の間、仄かな光の粒がキバと赤丸を包み込み、

そしてふうっと消えてゆく。


「  」

驚く間も無く消えゆく光の、最後の瞬間。
我を取り戻すと同時に脳裏に浮かんだ、灰色の背中。
息を呑み、息をして、キバは口を動かした。
既に消え去った光の痕の、闇に向かって、唇を動かす。




「 バーカ 」




蒸し暑く澱んだ空気の中にも、封の解かれた袋からはジャーキーの匂いが漏れている。
キバはその中に手を突っ込むと数本引き抜き、赤丸に与えてから、自分もカブリと齧り付いた。










  *   *     *      *  *    *     *     *   







「……シノ」
「……」
暫しの休憩を言い渡されたシノは、樹々の合間から夜空が垣間見える枝の上に腰を下ろした。
枝葉の隙間からは、藍色の空に流れる天の川の一部を窺うことができる。
「………?」
不意に手を入れた、ズボンのポケットの中にある物に気が付いて出して見れば、それは出掛け前、キバの口に押し込んできたビーフジャーキーの余りだった。
シノ自身、それ程嫌いでもないが好きでもないその干し肉を、取り出したは良いもののどうしたものかと持て余す。
「……」
そうして暫く考えた後。
結局一切れ袋から引き抜いて、食べることにした。
唇に銜えるが、キバのように簡単に噛み砕く事はできないため、口に含んで適度に柔らかくなるまでしゃぶるしかない。
肉独特の匂いが、鼻につく。
「…」
舌の上で唾液に溶かされ、柔らかく解れていく肉片が、噛む度にクチュクチュと音を立てる。
否応なく蘇る口付けの感触に、シノは口を動かすのを静かに止めた。
口の中に広がる血肉の香味。


「  」


いつも、何か言おうとする度に、けれど言葉は出てこない。

「……」

ヒナタは、バースデープレゼントをキバに渡したのだろうか。
キバはあの仕掛けに――そして肉片の味に、一体何を思うのだろう。


( ああ――― )


砕かれ消化されゆく肉塊が、生臭さな後味を残して呑み込まれる。

( もしも蛍火の短冊に込めた願いが叶うなら )

藍に散りばめられた星の河が、織姫と彦星を阻むものならば。

( この刹那る狂壊へ腐したる肉欲と共に この想しを)



引き裂いてくれればいいものを――――。










遠く遠く離れた場所で、それでも切れぬ、消えぬ、糸が織り成す七夕の狂想。
キバは齧り付いたジャーキーを咀嚼し嚥下すると、飽き足らないというように舌で唇を舐めとって、呟いた。
「ああ……早く喰いてぇな」
もう一度。
今度こそ。
肉も骨も全てをしゃぶり尽くして。




蛍火でできた偽物の天の川の中で、共に焼かれて溺れようじゃないか








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ミルキィウェイ・カプリチオ(天ノ川狂想曲)
ジャンキー・ジャンク・ジャーキー(狂って壊れた干し肉)
ザ・グロウ・オブ・ファイアフライ(蛍火)



心身共にキバに惹かれながらも、その欲情が蛍火のように刹那に消えゆく幻想であって欲しいと願うシノと、
そんなシノの想いを感じながらも、それでも焦がれて捕食と堪能を求めて止まないキバの、肉感的なお話…でした。たぶん。

………未だ嘗て無い程、誕生日祝いな話じゃなくなってゴメンなさいキバ…赤丸…。
でもね、正直、君達へのプレゼントと言えばビーフジャーキーくらいしか思い浮かばないんだよ。
あとはシノをまるごとプレゼンツ!とか。
でもまあこの際シノは置いといて(ぇ)

キバも赤丸も、健康に、健全に、元気に育ってくださいましな。











(11/7/7)