雛ノ翼~ヒヨコノツバサ~


「え~……でも…」
仲間に入れてほしいと言えば、返ってくるのは大抵同じ。
「オマエとは遊ぶなって、母ちゃんが……」
そう言って、仲間同士で目配せをして、
半分迷い、もう半分で疑わしげに、目を向けてくる。

オマエ、何したんだよ
母ちゃんたちを怒らせるようなこと
オトナたちに、嫌われるようなこと

好奇と、疑惑の眼。


―――そんなこと知るもんか


ムスッと顔をしかめれば、迎えに来た親たちの声が聞こえてくる。
「あ、ヤベ…!」
慌てて親の下へと走っていく、子供たち。
じっと睨むように見つめていると、子どもを小突いた親が、こちらを向く。

恨みだろうか。
憎しみだろうか。
嫌悪と拒絶の鋭い眼差し。


オレがいったい、何をした?

オレは、何も……。

ギッと拳を握り締め、こちらも睨み返す。


何も、してねぇってばよ―――!







「1、2、3…」
バサバサと飛べない翼をばたつかせて、ニワトリがコケコケとノドを鳴らす。
「4、5、6…」
エサをついばみ、歩き回って、小屋の壁に行き当たってはまた戻る。
「7、8…おい、つつくな。オレはエサじゃない。……9…」
何してるのと、自分たちの住処の奥にしゃがんでいる少年を、クチバシで突いた。
「10……」
よし、と言うように頷く少年。
と、何かを発見したように、一点を見て動きを止める。
その先には一羽のニワトリが鎮座していて、懐にはちらちらと白い物が垣間見える。
卵を温めているのだ。
じっとその様子を見つめる少年と、卵を抱えたニワトリの視線が合う。
しばし見つめ合う、一人と一羽。
木ノ葉の里の忍者学校で飼われているニワトリ小屋のニワトリは、かなり人に慣れていて、たとえ卵を抱えていようと騒いだりはしない。
多少の警戒はするし、手を出そうとすれば攻撃を加える用意もあるだろうが、手を出さなければ大人しいものだ。
特に少年は、他の者と比べて人の気配が少ない。
卵を抱えたニワトリは、身動がない少年に警戒を解いたのか、コケェ、と一声鳴いて頭を逸らした。
「…………」
ニワトリに視線を外された少年も、ようやく首を動かす。
小屋全体をぐるりと見回し、手抜かりが無いかと最終確認をする。
羽根や糞や食べかすの散らかっていた地面は掃いた。
エサも水も新しくして、小屋の中は当初と比べるとずいぶん小ざっぱりとした。
数もきちんと10羽。
アカデミーのニワトリは、残念ながら愛玩動物ではなく、生態観察や時には解剖実習などにも使ったりする用の畜生で、
食用ではないがたまに数えると数が減っていたりするのだ。
しかし、今はちゃんと10羽いる。しかも卵付きだ。
少年は表情を変えることなく、だが微かに満足したような様子で立ち上がった。
数羽のニワトリが顔を上げ、とさかを揺らす。
少年はその中を通って小屋から出ようとしたが、不意に聞こえてきた人の声に足を止め、頭上を見上げた。
声は上からしている。
何だと思い小さな木の階段を上って、小屋の上にある戸口を押し上げた。
ニワトリ小屋の一部は金網で覆われているが、全体は木造で、その大半が朽ちかけている。
階段はミシミシと音を上げ、四角い小さな戸も、パキパキと割れるような乾いた音を立てて開く。
そろそろ建て直すべきじゃないかと思いながら少年が上を覗き込み、様子を窺えば、
そこには教師のうみのイルカと、それに捕らえられたうずまきナルトの姿があった。

「だああぁあ!! 放せってばよ!」
「こら、危ない! 暴れるな!」

校舎の壁面に、重力に逆らい立つイルカと、放されれば落ちるというのに「放せ」と叫ぶナルト。
ナルトがまた何かしでかしたのだろうと、少年は無表情の内に思った。
「まったくオマエは! くだらないイタズラばっかりして!」
「うっせってばよ!」
「そんなことしてると、誰からも信用されなくなるぞ」
怒りの内に、呆れと心配を含んだ教師の声。
それを聞いたナルトは、騒ぐのを一時止めた。
従順な態度ではなく。
非難と抗議のための、沈黙。
自分を捕らえて説教するイルカを、睨み付ける。


何もしなければ、誰もオレを見てくれないんだ―――!


「いっ――?!」
突然手に噛み付いてきたナルトに、イルカが思わず手を放す。
「う、わ…」
「ナルト…!」
イルカの手を離れ落下したナルトは、反動が付いたのか真下ではなく、壁から少し離れた、
少年のいるニワトリ小屋に向かって落ちてきた。
「わあああああああぁぁあぁぁぁ!!!!」
「!?」
慌てて階段から飛び降りる少年。
しかし脱出には間に合わず、ナルトが上から突っ込んでくる。
バキバキベキバリ、ドサッ……!
朽ちかけた小屋は耐えきれず穴が開き、木くずと粉塵をまき散らす。
さしものニワトリたちも慌てふためき、鳴き喚いてはバサバサと羽を動かして興奮する。
「大丈夫か! ナルト?!」
天井に開いた穴から、イルカが覗き込む。
しかし脆くなった天井は大人の体重を支えきれず、メキメキと音を立てて崩れ落ちた。
「おっと!」
そこは中忍、イルカは身軽に降り立ったが、落下した新たな木くずがナルトの頭をしたたかに打ち、更にパラパラと降りかかった。
「い―――ってえぇぇ…!!」
ナルトが頭を押さえて勢い良く起き上がる。
痛いと言う割には、元気そうだ。
「だから暴れるなと言っただろう!! 自業自得だ! このバカ者――っ!」
イルカが拳を振り上げ、ナルトが防御のために頭を抱える。が。
「―――って、」
イルカの拳は振り下ろされなかった。
「???」
ぎょっとして目を瞠ったイルカを、ナルトがきょとんとして不思議そうに見上げる。
そして、目を細めて、イルカがまじまじと見ている下の方に顔を向ける。
「…………」
よく見れば、黒い髪のようだった。
ナルト同様に白い粉塵まみれになってはいるが、確かにそれは髪で、頭も付いている。
「………」
今更のように伝わってきたのは、柔らかくも確かな、厚みのある生き物の感触。
「……」
もぞりと動いたその生き物が、頭を動かし覗かせた顔には、土埃と藁草の付いた、黒い眼鏡が光っている。
「!?!?!!?!???!?!!?!」
それは、得も言われぬ衝撃だった。
驚嘆と驚愕、疑問と困惑、動揺と後悔、恐怖と硬直……それらをブレンドしたような感覚が一瞬の内に一気に駈け抜け、
ナルトはしばし絶句した後、絶叫した。

「シ……シノ――――!!??!」

ナルトは、油女シノを下敷きにしていたのである。


          *


「だ…大丈夫か? シノ…」
パンパンと服に付いた汚れを払い落とすシノを、イルカが覗き込む。
様子を窺うというか、顔色を窺うような感じだ。
常に不機嫌そうな顔をしているシノだが、やはり御機嫌はよろしくないらしい。
眉間に寄った皺が、いつにも増して深まっている。
「………問題ない…」
低く発せられた言葉。
だがイルカにもナルトにも、その意味とは裏腹に、問題がドサッと降ってきたように感じられた。
「………っ…つーかさぁ…。オマエ、こんなトコで何してたんだってばよ」
シノの上に落ちたナルトが、下にいたお前も悪いのだと言わんばかりに口を尖らせる。
しかし眉間の皺を深めたままのシノに睨まれ、口を噤んだ。
実際にシノが睨んだのかはわからなかったが、そう思えたのだ。
「……掃除をしていた」
「掃除…って、ニワトリ小屋の?」
シノの返答にイルカが尋ねれば、シノが頷く。
シノが掃除したと言う小屋は、半壊し、木くずや埃にまみれ、驚いて暴れたニワトリたちの羽根が散乱していて、今や見るも無惨な状態だ。
「……あれ、でも確か…お前、飼育係じゃなかったよなぁ?」
一瞬、小屋の状態に言葉を失ったイルカだったが、すぐに気を取り直して言う。
ニワトリや、学校の他の生物は、各クラスから選出したメンバーによって成る飼育委員会の担当で、
シノはそのメンバーには入っていなかったはずだ。
そう言えば、シノは
「いのにやれと言われた……」
とボソリと答えた。
いのとは、山中いののことであり、クラス内の女子のリーダー的存在である。
「…今日は、ヒナタが休みだ」
そして、そう付け加える。
ヒナタとは日向ヒナタのことで、確かに今日は風邪で欠席していた。
「………ああ…そういうことか」
シノの簡潔すぎて断片的な返答を、なんとかつなぎ合わせたイルカが、納得したように頷く。
ヒナタは、飼育委員会のメンバーなのだ。
要するに、今日はヒナタのニワトリ小屋掃除当番の日だったのだが、休んでしまったために、急遽いのがシノに白羽の矢を立てのだろう。
いのは飼育委員ではないが、ヒナタに頼まれたか、もしくは人脈の広い彼女のことだから他の委員に相談されたのかもしれない。
そうして請け負ったいのが、シノを捕まえて任せた……ということだ。
確かにシノに任せれば、まず間違いはない。引き受けたからには、どんな仕事でも完璧にこなしてくれるだろう。
しかしそれにしても…。
とイルカが思ったのは、いのの依頼をシノが素直に聞いている……というのが、少し意外というか、可笑しかった。
「ん…? でも待てよ? 確か、掃除当番は二人一組だったはずだが…」
仄かに微笑を浮かべたイルカだったが、不意に気付いてはたと小首を傾げる。
ヒナタが休みでも、もう一人いるはずだ。
するとシノは
「もう一人は…」
と口を開き、イルカに向けていた視線を、徐にナルトに向けた。
「…………」
「…………」
「…………へ…?」
無言のシノとイルカに見つめられ、ナルトが目を丸くする。
そう言えば…とイルカは思い出した。
クラスから選出した二人の飼育委員は、ヒナタと、コイツだ……。

「ナルトオオオォォ!!!」

イルカの怒号と拳固が、ナルトに落ちた。


          *


「ったく…何でオレが……」
ぶつぶつと文句を垂らしながら、ホウキで地面を突くナルト。
ちゃんとした掃除もしていないのに、邪魔だと言わんばかりにニワトリを追い立てれば、反感を買って逆襲を受ける。
「おい……また散らかす気か」
ギャアギャアと暴れるニワトリとナルトに、冷静な声をかけるのはシノだ。
壊れた小屋の修理……と言うより建て直しはイルカが何とかするということになり、
簡単な小屋の片付けはナルトとシノがすることになって、十数分。
イルカは罰としてナルト一人にさせようとしたのだが、自分もやるとシノが言い張ったのだ。
もともといのに頼まれたのは自分だし、ナルトの見張りも要るだろう……そう言えば、イルカも承知した。
「何故オマエがこんなことをしなければならないか……それは問題にもならない。何故なら、もともとこの仕事はオマエの仕事だからだ。
ヒナタに任せてばかりで自分が係りであることすら忘れていたようだが…」
振り返ったシノに、やはり睨まれたような気がしてナルトがぐっと身構える。
正論も耳に痛く、やっぱりコイツは苦手だという思いが湧くも、何も言えず。
ただ不服そうな顔をして反抗を示す。
「……仕事にはもっと責任を持つべきだ」
「…………うるせぇ…」
ようやく言えた文句は、コケッコ~! と言うニワトリの一声に掻き消された。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
押し黙り、しばらく黙々と片付けている内に、ナルトがチラチラとシノを振り返り始める。
「…………」
「…………」
「…………なぁ…」
ナルトがおずおずと声を掛けると、シノは振り返ることなく、
「何だ」
と感情の籠もらない声で言った。
「…………」
「…………」
「…………」
ナルトが黙ればシノも黙り、先を促すこともしない。
そして沈黙で、ナルトがシノに勝てるはずもなかった。
「…………」
「…………オマエはさ…オレと一緒にいて、怒られたりしねぇの…?」
木材の破片を拾っていたシノの、手が止まる。
ナルトと他の者たちとの間に見えない壁があることは、見ていればわかった。
その壁はナルトが作ったものではなく、周囲の人間…特に大人たちが築いたものだ。
ただ、それが無意識によるものなのか、意図的に張られたものなのかはわからない。
ナルトはよくイタズラをするし、そのせいで警戒されているのかもしれないが、それだけでもない気がする。
大人たちの真意も、その影響を受けてナルトを避ける子供たちの心理も、そしてナルトの心境も、シノに解るものではない。
シノはただ、シノとして客観的に見、分析し、自分なりに把握するだけ。
「………別に怒られたりはしない」
油女一族の中にも、ナルトに難色を示す者はいる。
しかし、シノにはナルトを毛嫌いする理由もなければ必要もないし、たとえ怒られたとしても、納得のいく説明がなければ聞く耳は持たない。
「…………そっか…」
ナルトが俯き、何かを噛み締めるように言う。
「……オマエと一緒にいるだけで怒られる、何か理由でもあるのか」
シノが問えば、
「そんなの、オレが知りてぇよ…!」
ナルトが不満を吐き出す。
「…………そうか…」
シノはそう言うと、一間空けて、続けた。
「身に覚えが無いのなら、気にするな。潔白ならば堂々としていれば良い」
ナルトが息を呑み、驚いて振り返る。
そんなことを言われたのは、初めてだった。

オレが何をした! と。オレは何もしていない! と。

叫んでも叫んでも、返ってくるのは冷ややかな眼か、沈黙か、うるさいと言う声か…。
誰も、真剣に応えてなどくれなかった。
「……お………オマエに言われなくったって、オレはいつも、ど、堂々としてるってばよ…!!」
思いもかけない出来事に動揺し、思わず張ってしまった虚勢。
そんなナルトに、シノは更に真剣すぎる応えを返してきた。
「堂々とイタズラをしても、潔白は証明できない。更に嫌われるだけだ」
「う…っ」
「イルカ先生も言っていた。人を困らせるようなことばかりしていると、誰からも信用されなくなる」
「………何もしなくったって、誰も信用なんかしてくれねぇよ」
「当然だ」
ブスッといじけたようなナルトに、シノは言った。
「信用は『される』ものではなく、『させる』ものだ。……実力でな」
「…………」
シノの言うことは正論で、それはナルトだってわかっている。
何もしなければ誰も『見て』くれない。『見られ』たいから、ナルトは必死に『見せて』いる。
けれど、『良く見せる』ことが、ナルトにはできないのだ。
相手に一目置かせ、信用させる程の実力が………まだ無い。
『認められる』ということがわからず、『認めさせる』こともできない。
けれどシノはそれがわかっているし、できるのだ。
「…………」
ナルトは口を閉ざし、顔を顰めた。実力の差を突き付けられたようで、ムカムカする。
ナルトは、シノのことはよく知らない。
ただ、地味で不気味で何だかよくわからない奴。
こんなにしゃべれたんだと、今日初めて知ったぐらいだ。
ナルトが目の敵…もとい、ライバル視しているのはサスケであって、シノなど眼中にない。
ない……が、なんとなく、わかっていた。
シノは見ているものが他の連中とは違う。
どんなに繕っても、空元気に振る舞っても、全て見透かされていそうで。
お前の不安などお見通しだと。
そんなことをしても無駄だと。
思われている気がして、だからナルトは、シノが苦手だった。

「………ナルト…」

「!?!!?」
突然名を呼ばれ、ナルトは心臓が飛び出るかと思うほどビックリした。
「なっ! なななななな何だってばよ!!?」
「………」
ナルトの過剰な反応に、シノが訝しげな視線を向ける。
だが特別何も言わずに、用件を告げた。
「生まれる」
「…………。……は…??」
唐突に何を言い出すのかと、唖然とするナルト。
しゃがみ込んだシノが無言で下の方を指差すので、傍に寄ってみると、そこにはカタカタと動く、ニワトリの卵があった。
シノはさっきから一所に屈んだまま動いていなかったのだが、実は手を止めて、その卵をずっと観察していたのだ。
ナルトと会話をしながら。
「……………」
ナルトは、言葉を失った。
真剣に話を聞いて、応えてくれているのだと思っていたのに。
シノにとっては、片手間にできる話だったのか…?
その程度の事だったのか……??
「………オマエ…見てるモン違いすぎるってばよ……」
「……何のことだ」
項垂れたナルトに、シノが首を傾げる。
全て見透かされているような気がするのは、きっと自分の気のせいだと、ナルトはわかった。
やっぱりコイツは、ただの、よくわからなくて苦手な奴だ。
ナルトがそんな奇妙な確信を得る間にも、卵は孵ろうとして動き続ける。
殻が破れ穴が開き、ピヨピヨとヒヨコの鳴き声が聞こえだした。
だが、なかなか出てこれないようで、藻掻いている。
「……な、手伝って」
「ダメだ」
ナルトの言葉を、最後まで聞かずにシノが遮る。
「自分で殻を抜け出さなければ、生きていく力が得られない。生きる力が無ければ、死ぬだけだ」
「…………」
シノの厳しい言葉に、ナルトが黙る。
けれど、心配は要らなかった。
時間はかかったもののヒヨコは自力で、殻の外へと生まれ出たのだ。
ピヨピヨピヨピヨと息つく間もなく鳴き続け、生き始める。
羽と体を震わせて、転がりながらも立ち上がった。
「立った…!」
ナルトが歓喜の声を上げる。
「なあなあ、コイツに名前付けようぜ!」
嬉々として提案したナルトだったが、シノは表情を変えずに却下した。
「やめておけ。どうせすぐに他の卵も孵って、どれがどれだかわからなくなる。それに名を付ければ感情移入するぞ。
ここのニワトリは、愛玩動物ではない」
「……どういう意味だってばよ」
「いつ居なくなってもおかしくない、という意味だ。飼育委員ならばそのくらい知っておけ」
癇に障る態度で言われ、嫌そうに顔を顰めるナルト。
しかし、でも、と、未練が断ち切れない。
「……コイツ、オレと同じ誕生日なんだ…」
「…………つまり、今日はオマエの誕生日か」
「そうだってばよ」
「………そうか…」
シノは一間置いてから、言った。
「それはオメデトウ」

ナルトがビックリ眼でシノを見る。

おめでとう……と。

今、そう……言ったか。

「…………」



―――おめでとう。
それは、生まれてきた者への祝福の言葉。
その誕生が望まれたものであり、誰かの幸せである、ということ。

「……っ、」

自分は生まれて、

「…そ……そんな、」

良かったのだということ……。

「『超棒読み』でい言われたって、ぜ、ぜんぜん嬉しくなんかないってばよ!!!」




「…………」
ナルトの張った見栄に、シノが眉を寄せる。
そしてシノは立ち上がると、ナルトを見下ろして言った。
「………修繕を、急いでもらわないといけない。委員会へも報告する必要がある」
修繕とは小屋の建て直しのことで、委員会への報告というのは雛が生まれたことについてだ。
「オマエは片付けの続きをしろ」
そうして小屋から出て行こうとしたシノが、出口に立って思い出したように振り返る。
「ナルト、忘れるな。オマエは一歩間違えればそのヒナを殺していた」
「!」
そう……言われれば…。
卵の上に落ちなかったのは、偶然だったのだろうか。
シノの上に落ちたのは……偶然か?


「…………」

ナルトは呆然として、シノが校舎へ戻っていくのを見送った。
シノは何を言いたかったのだろうか。
イタズラなど止めろと言いたかったのか。
後先を考えて行動しろと言いたかったのか…。
真意は、わからない。
ただ、シノが言ったのは『事実』だけだ。


「………やっぱ、オレ、アイツ苦手だ……」


そう、呟く。
と、忙しくさえずるヒヨコの声に、ナルトは我に返って覗き込んだ。
また、新たな卵が孵っていた。
ヒヨコの二重奏が耳に痛くて、苦笑を浮かべる。
「………オマエも、おめでとう、だってばよ」



バサバサと、飛べない鳥が翼を広げた。












(09/10/10)