※一応、バレンタインからの続き物です。
彼奴が欲しい物って何だろう。
そう考えた時、一つも思いつかない自分に、愕然とした。
ついに今日は、彼奴の生まれた日。
苺のタルトと仔犬のワルツ
厳然としてそびえ立つ門を木陰から臨み、キバは大きく息を吸い込んで、腹に力を込めた。
結局、シノの誕生日プレゼントは思いつかなかった。
本人に聞くというのもありだが、それでは楽しみが無い。
考えて考えた揚げ句、ここは忍びらしく、調査すればいいという結論に達した。
ではどうやって調査するかと考えれば、シノの好きなもの=虫ということは周知の事実であり、聞き込みでは恐らくそれ以上の情報は得られないだろう。
ということで、潜入捜査をすることにした。
印を組み、変化するのは、潜入に最も適した生き物。
本物は今頃家で昼寝していることだろう。
「アンッ」
甲高い声で一声鳴けば、垂れた耳が揺れる。
赤丸ならば。
シノも気を許して何か口を滑らせるかもしれない。
そして案の定。トコトコと門の前に進み出ると姿を現したシノは、
「赤丸…? キバはどうした」
と些か怪訝そうにはしたものの、周りを見回すと屈んでキバの(赤丸の)頭を撫でてきた。
どうせ犬の言葉など解らないのだからと、適当にキバがワンキャン吠えて見せれば、困った様な表情を浮かべる。
「俺には、お前の言葉は解らん」
そう言いながらも機嫌を損ねた様子はなく、それどころか和んだ雰囲気で、シノはキバを抱え上げる。
うわ、うわ、うわ……!
「まあ、いい。折角来たのだ。上がっていけ」
優しく腕に抱き抱えられて、キバは大いに狼狽えた。
とにかく、近い。
顔も近ければ鼻も急接近。
シノの匂いが身を包み、体に触れる手からは直に温もりが伝わってくる。
だが、まさか赤丸がそんなことに動揺するなど思ってもみないシノは、いつもより体が強張った赤丸を、不思議そうに覗き込んだ。
「どうした?」
キバは、もう何も考えずにとにかく頭を左右に振りまくった。
部屋に運ばれると、畳の上に下ろされ、「今、ミルクを持ってくる」と言って出ていったシノを暫くぽつんと待つ事になった。
はあぁぁと息を吐いてドキドキとする心臓を落ち着かせ、ふいと部屋を見渡せば、前に来た時と同じ殺風景な景色が目に映る。
念には念を入れて観察したが、シノの欲しい物につながりそうな物は見つけられなかった。
そもそも、本来ならプレゼントなど適当に見繕ってしまっても問題は無いのだ。
それでもこだわっているのは、ただ、シノを喜ばせたいという一心から。
ただ、嬉しそうな顔を、一瞬でもいいから見たい。
それだけ。
だがそれだけのことをしようと考えると、何も浮かばないのだ。
シノに何もしてやれない…。
そう思うと、ズーンと気持ちが沈んで尾と耳が重たく垂れた。
そんな時、シノが戻ってきて、赤丸の沈んだ空気に眉を寄せる。
「………お前、どこか具合が悪いんじゃないのか?」
心配そうに覗き込んできたシノに、キバは慌てて首を振り尻尾を思いっきり振って全然大丈夫とアピールした。
それでも表情がまだ曇っているので、置かれたミルクを元気に飲んでみせる。
ピチャピチャと飲みながらちろりと上目でシノの顔を窺えば、まだ些か気にしているようではあるが強制送還は免れそうだった。
再び、少し落ち着いてミルクを飲み始めれば、無言のまま軽く背中を撫でられる。
シノは、蟲を使っているせいなのか、犬への接し方もなかなかだ。力加減が上手い。
キバが気持ち良さを感じていると、「美味いか」と耳障りの言い声で問われる。
顔を上げワンと答えれば、漸く眉間の皺を解いた。
此奴、本当に赤丸には甘いよな…。
そんなシノを見て、キバはしみじみと思った。
キバがミルクを飲み終えると、シノはキバを膝に抱っこして、静かに、優しく話しかける。
「赤丸は、本当に利口だな」
頭を、背中を撫でられ、その気持ち良さに本来の目的を忘れて身を委ねるキバ。
黙ってからも撫で続ける手に、うとうととしだす。
しかし、うつらうつらし始めたキバの耳元を蟲の羽音が掠めると、シノの手が止まって、うっすら意識を持ち直した。
何だろう、とぼうっとした頭を上げると、シノもキバを見下ろして、頭を一撫でして言うには。
「ヒナタだ」
どうやら、ヒナタが来たらしい。
またシノの腕に抱かれて外に連れて行かれると、緊張した面持ちのヒナタが門の前に立っていた。
「あ、あれ…? 赤丸…くん?」
「ああ…。キバは、いないのだがな。何故かひとりで来たらしい……」
「……遊びに、来たのかな……?」
シノの腕に収まった赤丸を見て、目を丸くしたヒナタ。
その当然の反応に対しシノが説明すると、首を傾げながらも、そっと赤丸に変化したキバの頭を触れるように撫でた。
「それで、どうした」
シノが不意に問えば、ヒナタははっとして赤丸からシノへと顔を上げる。
「あ、あのね……今日、シノくん、お誕生日…だよね……?」
「ああ」
「あの…あの、これ……」
もじもじとしながら恥ずかしそうにヒナタが差し出したのは、バスケット。
「い…苺のタルト……なんだけど…。シノくん、好きかな……。あ、もし嫌いだったら、別のものにするから……!」
バスケットには白い布が被せられていて中は見えないのだが、どうやらその下にはタルトが保護されているらしい。
それを聞いたキバは、真剣なヒナタには悪いが、思わず吹き出しそうになった。
い…苺のタルト……!
シノにイチゴのタルトって―――――!!
似合わねぇ~!!と、笑いを堪えるのに必死のキバ。
何故そんな選択になるのだと、ヒナタにつっこみたくて仕方ない。
しかも大真面目なのだから強者である。
そしてそれに対するシノもまた、大真面目に
「……否。好きだ。有り難くいただく」
と応えるものだから、堪らない。
「よ…よかったぁ…。あ、じゃ、じゃあ…これ……」
シノの応えにほっとしたヒナタが、だがすぐにえっと…と困った様な顔をする。
シノの手が、キバによって塞がれていたからだ。
それに気付いたシノは、腕の中で笑いを堪えて震えるキバに目をやった後、そっとキバを地面に下ろした。
「ごめんね……」
手の空いたシノが手を差し伸べると、ヒナタはキバに申し訳なさそうに言ってから、シノにバスケットを渡す。
そして「それから…」と遠慮がちに切り出した。
「実は、シノくんにお願いがあって……」
「何だ?」
「あの……実はね。また、お茶会に……い…一緒に行ってもらえないかと…」
「ああ、わかった」
恐縮して願い出るヒナタに、シノが端的に答えを返す。
その態度を、冷たいと取るか、彼なりの思い遣りと解するかは人それぞれ。
そしてヒナタもキバも、後者だと解っている人間だ。
「ありがとう……」
ほわっと笑顔を浮かべたヒナタは、心からのお礼を述べた。
「あ、それから……」
ん?と小首を傾げたシノに、もじもじと付け足す。
「キバくんも、誘おうと思うの……ほら、前、怒らせちゃったみたいだったから……」
以前、キバを誘わずに言った茶会の帰り、たまたま出会したキバがその場から逃走したことがあった。
逃走の原因は別にあるのだが、それをヒナタはキバだけ除け者にしてしまったからだと、未だに誤解し続けていたのである。
ヒ…ヒナタ……! そりゃ誤解だ!
と、思わず赤丸になっていることも忘れてキバは叫びそうになった。
寸でのところで思いとどまったキバは、そう言えば、そのことについてヒナタに全く弁解してなかったと、今初めて気が付いた。
だがそれも仕方がないというもの。
その後はシノのことで、いっぱいいっぱいだったのだから。
そんな言い訳じみたことを考えつつ、キバは本当のことを知っているシノを見上げて、
(おい、シノ! なんとか上手い事言えよ! このままじゃ俺、寂しがり屋みてぇじゃねーか!)
実際寂しがり屋なお前ならともかく。
自分がヒナタに、そんなイメージをこの先も持たれ続けるなんて絶対嫌だ。
そんな念を込めてシノをじっと睨み付ける。
だが、テレパシーを必死に送ったのも虚しく、シノは受信せず。
「……そうだな…」
と応えて頷いた。
おい!!
キバは、本気で噛み付いてやろうかと思った。
誘う案に頷くのは良しとしても、何か一言、付け足してもいいではないか。
だがあれは、そのこととは無関係だったんだ、とかなんとか。
フーフーと唸り抗議するキバに、シノが漸く気が付いて視線を落とした。
だが、何故かその視線は先程まで向けられていた温かなものではなく、どこか冷めている。
そんな眼差しに、キバは唸るのを止め、念を引っ込めた。
キバが大人しくなると、シノは再び正面のヒナタに目を向けてしまう。
キバは、何か怒らせる様なことをしただろうかと、なんとなく不安になってお座りをしたまましょんぼりと頭を下げた。
そんな中、まさかキバが足下で悄気ているとは露知らず、ヒナタが帰るとシノに告げる。
そしてその間際、微笑みを浮かべまるで自分のことのように、嬉しそうに言った。
「お誕生日、おめでとう。シノくん。」
「…………ああ…」
彼なりの感謝と情の表現に、ヒナタはますます幸せそうに笑った。
ヒナタが帰り、シノとキバが部屋へ戻ると、シノは早速バスケットの中身をお披露目した。
まだ作ったばかりのようで仄かに温かく、冷めない内にと思ったのである。
バスケットの中にはナイフとフォーク、小皿まで備えられていて、後で返さねばなとシノは呟いた。
一方で、シノが小皿に切り分けるのをお座りしながら覗き込んでいたキバは、よだれがたれないようにと頑張っていた。
目の前には美味しそうな苺のタルト。
しかもちょうど小腹が空いてきていたため、物凄く食いたい。
だが、いくらなんでもこれは食わせてもらえないよな…と赤丸に変化したことを少し後悔した。
「――――――さて」
小皿に一片取ったシノが、フォークをバスケットから取り出す。
食うのかぁ……いいなぁ…。
と羨ましげに見上げるキバの前で、シノは先端の部分を取ってぱくりと口に入れた。
今にも鳴りそうな腹に、キバが項垂れて畳を見つめる。
そんな視界に、鮮やかな赤色が飛び込んできたのは、突然だった。
それは、紛うことなきイチゴタルト。しかも先端部分が欠けているため、シノが食べた物に相違ない。
驚いて顔を上げれば、シノがキバを覗き込んでいた。
そして、更に驚くべきことを口にする。
「食べたいなら食え。キバ」
「……へっ…??!」
赤丸の姿から、キバの素っ頓狂な声が発せられた。
「おま…気付いてたのか……!?」
「……当然だ」
驚くキバに、シノが淡々と推理を述べる。
「言ったはずだ。赤丸は利口だと。それに気も利く。もしお前が本物の赤丸なら、ヒナタからバスケットを
受け取る際、自分から降りようとしただろう。………少なくともあの状況で、笑いはしない。それに、初め
からおかしいと思っていたのだ。赤丸が、お前を置いてひとりでこんなところへ、来るわけないだろう」
「……………」
キバはシノの推理を聞いて、複雑な心境で押し黙った。
赤丸が褒められるのは嬉しいが、シノの口ぶりでは、自分は赤丸より利口でなく気も利かないということになる。
しかも初めから疑われていたなんて…。
今思えば、地面に下ろされた後、キバが浴びせられた冷たい眼差しは、赤丸ではないと確信をもったからだったのだ。
シノは、赤丸もそうだがヒナタにもけっこう甘い。だが、キバに対しては、辛いのだ。
俺だけかと落ち込んだキバは、ぱっとナルトの姿を思い出し、そういやアイツにも辛いよなと思い至って、
俺はアイツと同レベルなのかと、更に凹んだ。
「……………で?」
押し黙ったキバに、シノが問い詰める。
「何が目的で、こんなことをしたんだ?」
怒っているというより、呆れたような口調である。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……何が欲しいのか判らなかったから、探りに来た……」
「………欲しい物…?」
「誕生日プレゼント…!」
「……ああ……」
キバが沈黙を破ってとうとう白状すると、シノは眉間に寄せていた皺を解いて言った。
「何だ……そんなことか…」
「そんなこととは何だよ! 真剣に悩んだんだぞ、俺は! どーしても、お前を喜ばせたかったんだ!!」
「……………」
シノの言葉に、キバが赤丸の姿のまま牙をむいた。
シノは口を噤むと、毛を逆立てて怒るキバをじっと見据える。そして暫し黙ってから、徐に呟いた。
「………では、暫くそのままでいろ」
「…………は……?」
突然のシノの言葉を、キバは一瞬理解出来ずにぽかんとした。
そんなキバの反応にシノは眉を寄せ、
「二度言わせるな」
と不機嫌そうに言ったものの、再度、はっきりと繰り返した。
「もう暫く、このままでいろと言ったのだ」
言いながら、赤丸姿のキバを両手で持ち上げる。
そしてまだ混乱しているキバにかまわず、ひょいと懐に抱いた。
さっきまでと違い、抱き加減が少し強めなのは、赤丸ではなくキバだと判明したからだろうか。
キバは、シノの言動に頭と心臓がパニック状態になりつつも、このまま赤丸の姿でいろと言われたことは解った。
シノがどんなつもりなのか、本当にそんなんでいいのか判らないが、とにかくそれがシノの希望であるなら、大人しくそうする他無い。
正面を向いて座らされ、背後から抱き竦められているのでキバにシノの顔は見えない。
それでも、背中に伝わってくる鼓動が、少しだけ、速い気がした。
心地良い、生きている音と、温もり。
キバも、そしてシノも。
互いの存在に、やすらぎを覚えていた。
グキュルルルル………。
「…………」
「…………」
なかなか良いムードになったのも束の間。
そんな生きた音が、安らぎの一時をぶち壊した。
「………しょ…しょーがねーだろ。目の前に美味そうなもんがあんだからよぉ……」
見ずとも、シノの視線をひしひしと感じたキバが、言い訳を吐く。
苺のタルトが、瑞々しくキバの視界に置かれたままであった。
そんなキバに、シノが一つ溜め息を落とすと、キバの白い毛が微かに揺れる。
「………食え」
シノは呆れたようにしながらもそう言って、キバを下ろしてやろうと持ち上げた。
再び両脇を抱えられ持ち上げられたキバは、畳に下ろされる前に慌てて藻掻く。
「で、でもいいのか? ヒナタからバースデープレゼントじゃん…!」
「だから、俺が先に食べた」
「あ~。……なるほど」
欠けた先端部分は、シノの一応の配慮だったのだ。
「もう一つ、皿とフォークを持ってくるから、お前は食べていろ」
「で、でもよ、シノ…!」
畳の上に下ろされたキバは、それでもシノが手を離す前にもう一つ食い下がった。
「何だ」
シノが、しつこいキバに眉を寄せる。
キバは、少し躊躇った後、言い難そうにしながらも呟いた。
「………このままじゃ、俺、キレイに食えねぇんだけど……」
「……………」
キバの言葉に、シノが眉間の皺を解いてまじまじとキバの顔を覗き込む。
……確かに。
赤丸のままで食べたら、口周りの白い毛が赤くベタベタになってしまうのは、明らかだ。
と、得心したシノは、暫し考えてから一つ頷いて、キバを膝上に戻した。
キバにこのままの姿でいろと言ったのは自分である。
今更撤回するわけには、いかなかった。
「お、おい…?」
シノの手が苺のタルトに伸び、フォークの先端が一切れを刺し取る。
口元に運ばれたその一片に、キバは目を丸くした。
シノの誕生日を祝うつもりが、なぜか自分の方が喜ばしい待遇を受けているではないか。
だが、目の前に刺し出された、赤く香ばしいタルトには酷く食欲をそそられる。
いつまでも、シノに持たせているわけにもいかない。
キバは、ごくりと喉を鳴らした。
「…い…いただきます…!」
ついに堪えきれずパクリと食い付くと、口の中で甘くとろける苺のタルト。
「美味いだろう?」
ヒナタの作った物なのに、どこか自慢げなシノの声。
その気持ちはわからないでもなく、キバは素直に
「ん。うめぇ!」
と応えて、しっぽを振った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
赤丸を抱っこするシノが、大好きです!
もう、誕生日とか途中忘れて、そればっかり。
本当はキバですが、端から見た分には赤丸ですから
終始赤丸を撫でたり抱いたりするシノです。
タイトルの仔犬のワルツの「仔犬」とはここではキバの事。
仔犬がしっぽを追い掛けてぐるぐる回るのを見て思いついた曲らしいので。
キバの場合は、シノの欲しい物を追い掛けるのだけれど、実はそれは自分で。
しかしそれに気付かずぐるぐるぐるぐる…。
シノは、結局そんなキバにも甘いのではないかと思います。
一番厳しいのは自分に対して。
次は父親に対して(笑)
最早どっちが祝われているかわかりませんが、
キバとシノは、二人揃って幸せを感じて、
はじめて幸せになれるのだと思うのです…!
(08/1/23)