※森野イビキ誕とつながっています。




返礼


「あれっ。アンコ先生!?」
店の手伝いで花を届け終えたいのは、通りかかった甘味処でアンコの姿を見つけて声を上げた。
呼ばれた名の主は、ダンゴを頬張りながら「ん?」と顔を向け、ごくりと団子を呑み込んでからにかっと笑った。
「……よっ! 久しぶり!」
アンコが串を持った手を上げていのに挨拶をする。
「あんたもどお?」
「あ~、いえ。ウチの手伝いがあるんで…」
気軽にお茶に誘うアンコに、いのは顔の前で手を振った。
今は配達を終えて一段落したところだが、家にはまだやらなければならない事が待っているのだ。
だが、その応えを聞かなかったかのように、アンコはいのに怖い程の満面の笑みを向けてちょいちょいと手招きをする。
「ま、そう言わないでっ! 実はさぁ、ちょ~っと相談に乗ってほしいのよ」
「相談…?」
手招きをする手には、凶器とも成り得る団子の串が握られている。
一瞬顔を引きつらせたいのだったが、これは素直に話を聞いた方が身のためかもしれないと察し、ぱっとアンコの横に着席した。
「な…なんでしょう、相談って…!」
無駄に背筋を伸ばしたいのに、アンコがそうか聞いてくれるかと言うように、いのの肩に腕をまわす。
そして、この上なく不敵な笑みをにやりと浮かべて見せる。
ごくりと、いのの喉が鳴った。



蟲を飛ばしながらシノは商店街の端を歩いていた。
母の遣いで尋ねた山中花店で、配達に行ったいのが帰って来ないといのいちに泣き付かれ、探索を約束して出てきたのだ。
いのを保護しないことには、シノ自身の用事も済ませられない。
シノは、四方に蟲を散らし終えると、さて自分はどこから当たるかと考え始めた。
と、その時。
いきなり横から伸びてきた手に口を押さえられ、細い路地裏へと引き込まれた。
警戒が薄かったことを差し引いても、その気配の消し方や抗う間も与えない手際の良さと力に、一般人ではない事を瞬時に分析する。
それとほぼ同時にどう脱出するかの算段を付け、実行しようとしたが、発せられた声にぴたりと止めた。
「妙なマネはするな。大人しく言う事を聞けば、何もせん」
その声には、聞き覚えがあった。
加えて体格と服装を加味すれば、自ずと正体は推測出来る。
下ろされ、口も解放されて向き合うと、確認した姿は思った通り。
森野イビキだ。
「………何の御用でしょうか」
「お前、俺の誕生日の一件に関与しているな」
「………」
見上げて問えば、逆に問い返される。
シノは眉を寄せて何故知っているのかと訝しく思った。
その表情を読みとったのか、イビキが言う。
「誘導尋問が趣味なんでな」
イビキの言葉に、そう言えばこの人、拷問と尋問のプロだったなと思い至る。
アンコが口止めをした不知火ゲンマや玩具屋の主人は、やり方は知らないが吐かせられたに違いない。
こそこそと話し合ったのは駄菓子屋の前であったから、そこの老夫婦にも当たったかもしれない。
考えてみれば、自分に行き着いたのは流石というより当然だろう。
「……御存知の通りです」
シノは、この期に及んで否定も肯定も必要ないだろうとあっさり認めた。
そんな開き直った態度に、イビキがフッと笑う。
「いい度胸だ」
その言い方に、何か面倒な事になりそうだと眉間の皺を深める。
今は、いのを見つけるという大事な使命があり、それ以上に母のお遣いがあるため、はっきり言って構っていられない。
だが、どうやら以前自分が手を貸した一件に絡んでいるらしいので、無碍にするわけにもいかないだろう。
これはさっさと用件を聞いて仕舞うべきだと判断して、シノは言った。
「それで。俺に何の用ですか」
シノの問いに、歪んでいたイビキの口元が再び引き締まり、気難しそうな表情に戻る。
「お前、10月24日が何の日か知ってるか?」
「………いいえ…」
なかなか本題に入らないのは故意に焦らす手口なのか。はたまた、ただ言い出し難いだけなのか。
再び返された問い掛けに、シノは訝しく思いながら答えた。

「アンコの誕生日だ」

シノの返事を受けてイビキがさらりと言った一言に、きょとんとする。
アンコ先生の誕生日……成る程、だから今更誕生日の一件を持ち出してきたのかと得心したが、
一方で、用件はあの悪戯に対する報復か何かだろうかと考える。
「アンコ先生に協力した償いに今度は貴方に協力しろとでも…?」
罪悪感などさらさら無いが、最初に悪戯への関与を確認したということはそう言う事だろうと、シノは言った。
だが、イビキは「否」と返す。
「勘違いするな。別に俺はあんな悪戯に仕返しするつもりはない。だが、協力してもらいたいのは確かだ」
イビキは一体どういう事だと眉間に皺を刻んだシノの前に屈み、目線を同じ位置に下ろして、一層低い声で言った。
「どうせあいつの事だ。誕生日だからなんか奢れとか何とか言ってくるに違いない。
自分ののみならずアイツの誕生日にまで振り回されるのは御免だ」
そう言う事だ、解ったか。と言うイビキに、シノが頷く。
確かに、一理ある。というか、尤もな話だ。
つまり、イビキの目的は、アンコの餌食になる前に対処を施しておく事なのだろう。
「それで…俺に何をしろと?」
今最も優先すべきは、諸々を一刻も早く処理して、母のお遣いを遂行することである。
そのために、まずはこの件を解決しようと決めて、シノは再び問うた。
三度目にして、漸くイビキから答えが返る。
「…………団子を…買ってもらいたい」
「…………はぁ……」
「プレゼントを用意しておけば、誕生日だからとアイツに集られる義理はなくなるだろう。
だが、俺は甘いものは好かんし……買うのを誰かに見られても困る」
どうやら、なかなか本題に入らなかったのは言い難かっただけだったらしい。
厳つい顔を顰めながら、僅か恥ずかしそうに言い淀む姿にイビキの隠れた一面が見て取れて、シノはしげしげとその様子を眺めた。
そんな時、ぶぅぅんと蟲が一匹舞い戻ってきた。
耳元を掠める羽音に一瞬意識を集中した後、口を開く。
「それは構いませんが……。ただの団子では、ありきたりでセンスがない、つまらないと言われるのでは?」
シノの指摘に、イビキがぐっと押し黙る。
しかし暫くの後、「……じゃあ、どうすればいい」と唸った。
「……そうですね…」
シノは口に手を当てて考える仕草をしてから、徐に、イビキに視線を向けた。



陽も傾いた頃、シノは漸くいのを見つけて、母のお遣いに着手することができた。
「いやぁ、参ったわ。アンコ先生に会ってね。自分の誕生日にイビキ教官に何を強請るか相談されてさぁ」
道すがら、いのがアンコに捕まっていた事を捲し立てると、シノがぽつりと言った。
「知っている」
「………え?」
目を丸くしたいのの前で、蟲が一匹、誇るように宙を舞った。



そして、誕生日当日。
秋の快晴に見合った笑顔が一つ、山積みとなった書類の向こうにあった。
その、期待に満ちたというより無邪気を装った邪悪な笑みを、黙って睨み付けるイビキ。
「イビキ、今日……ん?」
いつにも増してにこやかにアンコが言おうとすると、イビキが無言のまま箱を突き付けて遮った。
「何コレ」
「プレゼントだ。だからお前に奢る義理はない」
目の前に差し出された菓子折を受け取りながらきょとんとするアンコに、イビキはそれだけ言って書類に視線を戻す。
「だってこれ、好甘堂の秋季限定『月見兎』じゃない!」
『月見兎』とは、秋の期間にだけ販売される、各種団子のバラエティセット。
数量限定ではないが、お高いそれは、手が出そうでなかなか出ない代物である。
何で!?どうして!?とやたら驚くアンコに、イビキは何か不満があるのかと、再び睨み付ける。
「何か問題でもあるのか」
不機嫌そうな声に、アンコがはっとして「いやいや」と笑う。
「おっどろいただけ! だって、これ、私があんたに奢らせようと思ってた物だからさぁ!」
いやぁ、吃驚したわ。と言いながら嬉しそうに包みを開け始めるアンコ。
その姿を、今度はイビキが目を瞠って見遣っていた。
「まさか、あのガキ…」
もしかして、あの蟲使いは、アンコの強請る物を知っていたのではないか。
唐突に思い至り、イビキは頭を抱えた。



「若いねぇ…」
二人の遣り取りを遠巻きに見聞きしていたゲンマが呟く。
「お前、年寄り臭いぞ」
それを聞いたライドウが、ゲンマに呆れ顔を向けた。
そして、アオバがズズズと茶を啜り、ふぅと息を吐く。
「俺等は、何奢らせられるんだろうな…」
ゲンマとライドウの目がアオバに向けられ、今度は三人揃って、溜め息を吐いた。





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あとがき
というわけで、アンコ先生、誕生日おめでとうございます。
スランプというか、未だノリが戻っていませんが。
まあ、そのうち戻るでしょう。
アンコ先生対策に奔走するイビキ教官は、なかなか面白いので、また書ければ…と思います。
それに、イビキは洞察力が鋭いと思うので、シノの僅かな表情の変化を読みとってくれそうで。
このコンビも良いなぁ。というか、一緒に仕事とかしてたら凄そうだなぁ。
とか思いました。
そして密かにいのいちさん登場。
管理人の「いのいちのシノ贔屓」好きを知らない方にはここで告知しておきます。
さて。
カモはまだまだいますから。
きっとこの後、アンコ先生は多くの人に祝ってもらえる(祝わせる)事でしょう…。
アンコ先生、万歳!(笑)












(07/10/24)