※いのいちのシノ贔屓前提。鹿誕から続いています。




君に贈る


いのは、店の時計を見てそろそろ出掛ける時間だと、手鏡を取り出して髪を整え始めた。
今日は、アスマ先生とチョウジがシカマルといのの誕生日パーティーを開いてくれる事になっている。
とは言ってもいつも通りの焼き肉屋で、一番喜ぶのはチョウジに他ならないが。
それでも祝ってもらえるのは嬉しいもので、昂揚した気分に、知らず鼻歌も漏れる。
誕生日で、しかも眠いのに朝から店番をさせられて憂鬱だったつい先刻の事など、きれいさっぱり過去の事となっていた。
そんな時、ガラリと引き戸が開けられた音に、こんな時にお客かと顔を顰める。
だが、身に付いた切り替えの速さと接客根性で、一瞬にして花屋の看板娘に変身した。
が、やってきた客の顔を見て、すぐさま普段通りのいのに戻る。
「なんだ、シノか」
「……………一応、客なんだがな……」
「あ、ごめんごめん。いらっしゃい。なんか、久しぶりじゃない?」
「………ああ」
いのの物言いに少々傷付いたらしく眉間に皺を寄せたシノに、からからと笑って会話を続行するいの。
そんな調子に絆されたのかシノの眉間が僅かに弛まったが、まだ少し気にしているらしい。
その様子に、いのはやれやれと息を吐いた。
「ほら、細かい事は気にしない! で、なに?花買いに来たんでしょ?
わたし、そろそろ用事があって行かなくちゃいけなんだから。さっさとしてよね」
いのが矢継ぎ早に捲し立ててせっつけば、シノは完全に心残りを払拭して、言われた通りさっさと用件を済ませようと口を開きかけた。
ものの。
「あれっ! シノちゃん!?」
いのに勝るとも劣らない勢いに遮られてしまう。
「やっぱり!! 久しぶりだね~! 元気だった? 最近全然来てくれないから、寂しかったんだよ~?」
「……御無沙汰してます、いのいちさん…」
店の奥からシノの姿を見つけるなり顔を輝かせ寄ってきたいのいちに、べたべたと抱擁され、なでなでと頭を撫でられながら、
シノは何とか倒れないよう踏ん張って挨拶を返した。
いのは、でれでれと表情を崩す父親とそれに律儀に付き合う友人の様子を遠巻きに、呆れながら見遣っていたが、
時間がない事を思い出して漸く助け船を出す。
「ちょっと、パパ! これから任務でしょ? 遅刻するわよ! 私だって時間ないんだから!!」
愛娘の声にはっと我に返ったいのいちは、そうだったと慌ててシノから身を離した。
漸く解放されたシノが、誰にも気付かれない程度にほっと息をつく。
「ごめんね、シノちゃん。また今度、家に遊びにおいでよ!」
絶対!とシノの手を両手で握り締めて言い置くと、「いってきます」といのに最上級の爽やかな笑顔を向けてから、
いのいちはそそくさと出掛けていった。
「……………」
「……………」
嵐の去った後のような静けさを、いのの盛大な溜め息が破る。
「………いつも悪いわね…」
「………それは言わない約束だ」
些か脱力した空気の中、溜め息交じりに謝罪を漏らすいのに、シノが応える。
実際昔約束した事で、そうだったわねと苦笑してから、いのは気分を切り替えて話を戻した。
「……で? 何が欲しいの?」
いのが尋ねれば、シノも頭を切り換えて言う。
「花束を、適当に見繕ってもらえれば有り難い」
「大人しめとか、明るめとか、ある?」
「明るめで」
「誰かにあげるの?」
「ああ」
その答えに、いのはへぇ~と少し意外そうな顔を向けた。
シノが花束を贈るなんて、一体何処の誰にだろうか。
多分身内の人辺りだろうと思うが、なかなか好奇心が擽られる話題である。
「まさか、女の子?」
「そうだ」
しかし冗談半分からかい半分で全く本気でなかった質問に、シノが意外にも頷いたものだから、いのは思わず目を瞠った。
「い…家の人…?」
「否」
「じゃあ、ヒナタ…?」
「否」
「お見舞いとか…?」
「否」
望みの綱とばかりに次々と質問を浴びせれば、帰ってくるのはNOばかり。
では、花束を、どこの女にあげるのかと、気になるを通り越して次第に心配になってきた。
シノに限ってそんなことはないだろうが、まさか『浮気』ではという疑念が心に湧き起こる。
「ちょっと。シカマルは知ってんの…?!」
「………否?」
突然恐い顔で詰め寄ったいのに、シノが僅かに語調を変えて答える。
困惑したような顔が、何だか怪しい。
「…………いの。時間が無いのではないのか?」
むぅぅといのがシノを見据えていると、ちらと時計に目を向けて少し焦った様子で言う。
その様が、益々怪しい。
だが、ここで浮気かどうか追求するのは焦燥だと、いのは「ああ、そうね」と何事もなかったように花束作成を再開した。
こうなったら、誕生日パーティーに多少遅れてでもシノの後をつけて真相を探るのが一番確実だ。と心の中で思いながら。
浮気調査の基本は確たる証拠をつかむ事である。
以前読んだその名も『浮気読本』という本にあった事項を思い出して、意を強固にした。
「こんなんでどーお?」
「ああ。良いな」
黄を基調としカスミソウで白のアクセントを散りばめた花束を仕上げて、これでいいかとシノに見せれば、こくりと頷く。
シノからお代を受け取ったいのは、さあ何処へでも行きなさいと気を引き締めた。
シノを相手に追尾するとなれば、かなり注意深くやらないと蒔かれてしまう。
「ありがとう」と言って花束を抱えるシノに、腹の内とは裏腹に満面の笑みを手向けて
「またのお越しを~」と接客の癖で頭を下げた。


―――――――さて!


「…………へ……?」
行動開始!と勢い付けて頭を上げたいのだったが、目の前に現れた黄と白の花々に驚いて、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
視線を移せば、シノがまだ其処に居て、先程作ったばかりの花束を自分に差し出しているではないか。
勢い込んでいた反面思わぬ事態に頭が混乱し、何が何だかさっぱりわからない。
だが、シノに呼ばれてはっと我に返った。
「いの」
「は、はい…??」
「誕生日、おめでとう」
「?!!??!」
その言葉を理解するのに、時間がかかった。
そして理解してから声が出るまでにも、暫し。
「あ……あたしにっ?!」
漸くビックリして自分を指差して言えば、シノは当然の如く頷く。
「色々考えたが、矢張りお前には、花が似合う」
「…………あ…ぁありがと……」
動揺も甚だしく狼狽えながらも、花束を受け取るが、ついさっき自分がまとめた物なのでなんとも微妙だ。
しかもシノから。
本人に作らせてその場で渡すあたり、コイツらしいと言えば、コイツらしいが。
「……………」
この気持ちを、どう表現すればいいものか…。
シノを見れば、「お前には花が似合う」なんて臭い台詞を真顔で言っておきながら、相変わらずの無表情でどこか明後日の方を向いている。
照れている風ではない。
恐らく、実に単純に「花が似合う」と思っただけなのだろう。嬉しいやら悲しいやら。
確実なのは、そんなセンチメンタルな感情は、驚きと呆気に全て吹き飛ばされてしまった事だ。
そして、折角の美しい花束もキザな台詞も、天然の前では無力だという事。
「いの」
「あ、な、な、何!?」
呆然とシノを見遣っていたいのが、シノの声に慌てて声をあげる。
一瞬、そんないのの様子に首を傾げたシノだったが、深く追求せずに言った。
「時間は、大丈夫か。これから誕生日パーティーなのだろう?」
「え……あっ!」
シノの言葉にいのははっとして時計を見、マズイと思うと同時に目を丸くしてシノを見た。
「……って、あれ、あんた知ってたの?」
「昨日、シカマルに聞いた」
「昨日、シカマルに会えたの?」
「………………………厳密に言えば、今日だ」
いのたちが家に帰れたのは、昨夜遅く。
もう日付が変わる頃だったはずだけど…と思いながら言うと、シノが言い直した。
その言葉に頭の中の混乱がピンッと爪弾きにされたように全て一掃され、次の瞬間にはいのはそう言う事かとにやりと不敵な笑みを零していた。
「そう。それは、良かったわね~」
不気味な程満面の笑みで手を伸ばしてぽふぽふと頭を撫でれば、シノは眉を寄せる。
「いの。時間は…」
気分を害したのではなく、時間を気にしているらしい。
時計を見て少し焦ったような様子だったのはこの所為だったのかと、いのは今更ながら得心した。
今思えば、矢張りシノが浮気するなど有り得ない。
そうよ、そうよね。とすっきりした頭で思いながら、いのは心の底がぽかぽかと温かくなった。
今なら、シノから受け取った花束を、心から嬉しく思えそうだ。
「シノ」
呼べば、再び眉を寄せ時計を気にしていたシノが、いのに視線を移す。
「ありがとね」
これ、と笑ってカサリと花束を揺らして見せれば、刻まれていた眉間の皺が解かれた。






「でもね。女の子に花をあげる時は、もう少しムードに気を遣わなきゃ、ダメよ?」
「……………わかった」
が、いののダメ出しに、シノは再びちょっと眉を寄せた。





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あとがき
いの! 誕生日おめでとう!
相変わらずシカシノに巻き込んでしまって申し訳ないですが…。
でも、二人の関係を気にするお姉さん的立場であって欲しいんです!
男子の中では、(本人にとって不本意ながら)世話役はシカマルですが
シカマルの世話を焼くのはいのしか居ないと信じています。
チョウジは信じてただ見守るだけなので。
でも今回書きたかったのは、『いのに花束を贈るシノ』と、
『いつもすまない―――それは言わない約束』の掛け合い。
そして『矢張りお前には花が似合う』と言わせたかった(笑)
いのには矢っ張り、綺麗なものがよく似合います!












(07/9/23)