一番欲しい物は何かと訊かれて
「お前の成長だ」と答えたら
我が子は小さな眉を寄せて言った。
「……ぐたいてきに」
一番の贈り物
「よお、シカマル! 何か用か!?」
森の中の修行場に現れたシカマルに、匂いで気付いていたのだろう、
キバが待ち構えていたように木の上からシカマルの前に飛び降りた。
その後に続いて飛び降りた赤丸が、見事にキバの頭の上に着地する。
キバと赤丸の、少し離れた後方に、ヒナタの姿も見える。
「5代目が、8班呼んで来いって」
「ってこたぁ、任務か!?」
気怠げに言うシカマルに対して、キバがぱっと顔を輝かせた。
その声が聞こえたのだろう。
ヒナタも二人に駆け寄ってきて、「任務?」と小さく問う。
「多分な」
そうヒナタとキバに答えてから、シカマルはふと首を捻った。
きょろきょろと見回すが、もう一人の姿が見当たらない。
てっきり3人で修行しているものと思っていたが。
「……シノは?」
「シノなら、家で修行するってよ」
「…………メンドクセェな…」
キバの返答に、シカマルはあからさまに嫌そうな表情を露わにする。
シノの家は、この森とは真逆にあるはずだ。
そこまで行かなきゃいけないのか、と少々脱力すると、
ヒナタがシカマルの思いに気付いたのかオロオロと慌てて言った。
「あ…あの…。わ、わたしが呼んで来る……から…」
「あ……? いや、別に…」
「どうせ行くなら、みんなで押し掛けようぜ! あいつん家、死んだみてぇに静かだからよ!!」
そんなつもりはないとシカマルは言おうとしたが、キバの大声によって掻き消される。
「ぁあ…?」
「そうと決まりゃあ急ごうぜ! 赤丸、競争だ!!」
「アンッ!」
「お、おい…!」
なんだそりゃ、と言うのを再び遮られたかと思えば、キバと赤丸が他人の事などきれいに無視して止める間もなく元気に掛けだした。
「ま、待って。キバくん…!!」
弾けるようにいなくなったキバと赤丸に、ヒナタが慌てて続く。
「ったく。決まってねーだろーが…。おい、待て! キバ! ヒナタ!」
一人行き遅れ取り残されたシカマルは、頭をがしがしと掻いてから、仕方なしに二人と一匹の後に続いた。
空気の流れに従って、木や草がざわめく。
砂塵が転がり雫が弾ける。
髪が吹かれ服がなびく。
地脈に染み渡る雨水。
それを吸い上げる根。
天上に降り注ぐ陽光。
光合成を行う葉。
腐葉土の中の微生物。
分解、生産、吸収、発散。
呼吸を繰り返す、森と、大地と、空と、生物。
生命の、息吹を。
耳と肌と、心で。
感じる――――。
「…………」
練ったチャクラを身体に循環させて、印を組む。
命令に従い、蟲たちが術を形成する。
だが、数秒と持たず霧散して、主の周りに浮遊した。
「戻れ」
静かな、その一言で蟲達は風のように袖の中へと舞い戻る。
体内に蟲が戻った事を確認すると、シノは再び目を閉じて集中し、印を組んだ。
幼い頃、父親の誕生日を知った時。
一番欲しい物は何かと尋ねたら、「お前の成長だ」と答えられた。
成長…せいちょう……?
それはどうすれば、あげられるものなのだろう?
「……ぐたいてきに」
何をすればいいのかと訊けば、父親は少し考えてから、こう言った。
「では、新しく身に付けたものを」
知った事。学んだ事。感じた事。出来るようになった事。
手に入れた物事を、なんでもいいから見せてくれと言う。
だから、誕生日に品物を渡したことはない。
アカデミーで学んだ術。知識。森で見つけた昆虫。草花。目で見たもの。耳で聞いた事。手で触れたもの。
そしてそれをどう感じたか。
些細な物事を、一つ、披露する。
父親の仕事の関係で、誕生日の前だったり後だったり、結局何も見せられなかったりすることもしばしばだったが。
それでも、その新しく身に付けたものを見せると、父親はとても嬉しそうに「ありがとう」と口にした。
親にとって、子供の成長とはそんなに嬉しいものなのかと、シノは幼心に思った。
再び失敗した術に、蟲達が浮遊する。
「戻れ」と命を下した直後、研ぎ澄ませていた耳が、静寂を壊す騒々しさを察知した。
蟲の知らせを聞くまでもない。
間違いなく向かって来るこの音は、最近では随分耳慣れた者の音。
しかも一人ではないらしい。数名と一匹。
キバとヒナタは、確か森の修行場で修行していたはずだが…。
そう考えて、小首を傾げる。
「任務か…?」
最後の一匹が、裾の中に姿を消した。
陽も落ちた頃に任務を終え、帰宅したのは就寝準備も始まる頃。
シビは最小限の音で玄関の戸を閉めて、戸口に腰を下ろした。
「おかえり」
靴を脱いでいると、背中に声が掛けられた気がして振り向く。
だが、そこには予想した人物はおろか、誰も居なかった。
珍しい、空耳かと、少し驚く。
少し遅れて出迎えに来た一族の者は、労いの言葉とシノが任務で出掛けた事等諸々の報告を簡潔に告げて、去っていった。
その報告を受けて、シビはふと気付いた。
先程声を掛けられた時、無条件にシノだと思い込んでいた事。
そして、それは今まで繰り返されていた日常であった事。
アカデミーの時間帯以外は大抵家に居るらしいシノは、シビが任務から帰ると出迎えて、「おかえり」と言う。
まるでそれが自分の仕事だとでもいうように、毎度毎度。淡々と。
そしてシビも、毎度毎度淡々と「ただいま」を返す。
それが、日常だった。
だから、耳が習慣づけられていて幻聴が聞こえたのだろう。
納得のいく証明を導き出しながら、シビは自室に辿り着いた。
――――日常が崩れる時。
悪い意味か良い意味かどちらかは知れないが、それは変調の時だ。
一気に変わる事もあれば、段々と、移り変わっていく事もある。
特に子供の変化は、目まぐるしい。
大人にとっては、本当に、あっという間にどんどん変わる。
赤ん坊の頃をつい昨日のように感じるというのに、本人は既に下忍だ。
忍としては、まだまだ駆け出し。
それでも、忍になったことに違いない。
油女一族は、生まれたばかりの赤ん坊に蟲を寄生させる秘伝と風習を持つ。
即ち、生を受けると同時に、その子供は忍になる事を他者により決定づけられるということだ。
油女の血故か、その運命に抗う者は少ない。逆に、誇りに思う者がほとんどだ。
そう教育しているのも大きな理由であろうが、結局大抵の者が自分で忍の道を選ぶ。
シビ自身もそうだった。
だが、子供に蟲を宿す時。
その子の未来を狭める事に、責任は重くのし掛かる。
子供自身にも、重荷を背負わせる事になる。
それでも………ここまで来た。
シノは、良く育ってくれたと思う。
電気を付けた簡素な部屋の中。
部屋着に着替えたシビは「おかえり」から始まった取り留めのない思考に耽っていた。
よく、「親バカ」だと言われる。
特に、奈良家の特定の人物に。
だが自覚はない。
親バカというのは、山中のような者のことを言うのではないのか…?
そもそも、子供が可愛くない親など、あってはならんだろう。
シビはそう思い、眉間に皺を寄せる。
人の親は、子供の成長を願うものだ。
どんなに手放したく無かろうと、子供が独り立ちする姿を見守らなければならない。
特に忍の世界に巣立つなら。
強くなってもらわなければ。
不意に、蟲がざわめく。
どうやら、シノが帰ってきたらしいと知って、シビは思考を中断した。
今夜は自分が出迎える役だなと思いながら玄関に赴くと、シノがちょっと驚いたようにシビを見て言う。
「親父…帰っていたのか」
「うむ。先程」
答えれば、シノは眉を寄せて少し困った表情をする。
どうしたのかと見やっていると、シノは顔を上げてシビを見上げ、沈痛な面持ちで口を開いた。
そうして言うには…。
「親父、すまない。実は、誕生日に見せようと思っていた術がまだ出来ていないんだ」
と、いうことらしい。
「…………」
…………誕生日?
はて今日は何日だったかと思い出せば、確かに。
そう言われれば、誕生日だ。
そして誕生日には、シノが新しく身に付けたものを見せてもらう約束だったな。
目の前で申し訳なさそうに眉を寄せ自分を見上げているシノに、これで漸く納得する。
途端に、ふっと可笑しさがこみあげた。
成長は確かにしている。
それもかなりの速さで。
しかし、矢張りまだまだ、子供だ。
「シノ」
シビは小さく身を屈めて、できるだけ立っているシノと目線を合わせた。
「………おかえり」
忍として生きるなら、早々に、強くなってもらわなければ困る。
だが、そう焦る必要もない。
お前は、ちゃんと成長しているから。
一瞬きょとんとしたシノだったが、挨拶は返さなければと思ったらしく、生真面目に佇まいを直してから応えた。
「ただいま…」
今年の誕生日プレゼントは、いつもと反対の「おかえり」と「ただいま」。
これも立派な成長の証。
来年もまた、この挨拶ができるように。
君の成長を願っているよ。
「シノ……ありがとう」
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あとがき
長々お付き合いいただき、有り難うございます。
えぇと……伝わったでしょうか(汗)
一番の贈り物は、子供の成長ってことで…。
子離れするのは寂しくて、いつまでも子供でいて欲しいけれど。
危機を乗り越えて生きて欲しい。
そのためには早く成長してもらわなければと葛藤する親心。
自分親でもないのに…(苦笑)
任務で自分より帰りが遅くなったシノを迎えるシビの心も、複雑です。
寂しいけど嬉しい。
………はい、補足説明でした…。
しみじみとしたところで。
シビさん!ハッピーバースデー!!
あれこれシノを引っ張り回して御免なさい。
でも、どうか、これからも宜しくお願いします!
(07/9/7)