時移ろい


朝、目覚めると眩しい光に目を細めた。
昨晩カーテンを閉め忘れたかと起きて、白く薄い方のカーテンを開ければ、外は朝陽が昇ったばかり。
窓を開けると、爽やかな風が吹き込んできた。
突然込み上げてきた欠伸を零して、身体もそろそろ起きなさいと、うーんと伸びをする。
完全に覚めた感覚に笑みを浮かべ、身支度を整えるために洗面所へ向かう途中、
伏せた卓上カレンダーを一瞬目の端に留めたがすぐに無視して鏡の前に立った。


紅は身支度を整えると、ふと思い立って散歩に出てみることにした。
そういう習慣は無いが、まだ目覚めたばかりの里を一人で歩いていると、まるで自分だけの世界のように思えて、なんだか楽しい。
勿論、独りぼっちがいいというわけではなくて、たまには独り占めにするのもいい、という話だ。
そんな気持ちで歩いていくと、河原に差し掛かった時に見知った少年に出会した。
「あれ、紅先生?」
「あら、おはよう、キバ。犬の散歩?」
自分の受け持つ第八班の下忍の一人、キバだ。
赤丸だけでなく、他にも数匹の犬を連れている。
「犬の散歩っつーか…一緒に散歩してんすよ。な?」
キバがそう言って犬達に同意を求めると、言葉が分かるのかワンキャンと鳴いて応える。
「そうなの。悪かったわね。間違えたわ」
そう言いながら屈んで一匹の犬の頭を撫でれば、気持ちよさそうに頭を擦りつけてくる。
可愛い~と心の中で思って、他の犬の頭も撫でていると、キバがちょっと不思議そうに訊ねた。
「ところで、先生はどうしたんすか?」
「ああ、私も散歩」
「先生も…?」
まだ不思議そうな顔のキバに、紅は視線を上げた。
とは言ってももともと身長差があるため、屈んだまま真っ直ぐ見ただけでちょうどいい。
「あなたの日課が散歩だって思い出してね。ちょっとマネしてみようかなって思ったのよ」
「はあ…??」
首を傾げるキバに、赤丸も足下で首を傾げた。
そんなそっくりな二人に、こいつらも可愛い~と堪らなくなり、赤丸と、キバの頭も思わず撫でる。
「な、なにすんすかっ」と吃驚して嫌がるキバに、それでもご機嫌で「いいからいいから」と返し、一通り満足するまで弄ってから立ち上がった。
「じゃ、今日は任務も演習もないから、ゆっくり休みなさい」
そう言って颯爽と去っていく紅の背に、「……なんなんだよ~っ!?」と言う、髪をぐちゃぐちゃにされたキバの悲鳴が聞こえてきた。


散歩から帰った紅は、朝食を取ってからこれからの予定を考える。
折角朝の散歩で気分がいいのだ。家でごろごろするもは勿体ない気がして、久しぶりにショッピングに赴くことにした。
ぶらぶら街を歩いてふらっとお店に寄る。
そんなことも、実に懐かしく感じる程最近ではご無沙汰だった。
店が開く頃合を見計らって赴いた紅は、知らぬ間にこ洒落た店が幾つかできていたことに少々気落ちしながらも、楽しいショッピングを始める。
そうして数件目の服屋の前でショーウィンドウを覗いていると、そこに見知った少女の姿が映った。
「ヒナタ」
振り向いてみれば、やはり受け持ちの下忍の一人、ヒナタだ。
「え…あ。く、紅先生…!」
相も変わらずおどおどした態度で、声を掛けられたことに吃驚した様子。
しかしそんなことにも既に慣れた紅は、気にせず気軽に訊く。
「どうしたの、買い物?」
「あ…あの…。はい…服を、買おうと…思って…」
「ああ、じゃ、私と一緒ね」
「紅先生も…?」
「ええ」
答えてから、そうだと思いつき、ふふと笑みを浮かべてヒナタの肩に手を置く。
「どう? 折角だし。一緒に見て回らない?」
「え…?」
「あなたに似合う服、選んであげる」
え、え?と突然の申し出に対処しきれないヒナタの腕を取り、答えを待つことなく引っ張って、服屋の中に連れ込んだ。
この後、ヒナタが紅の着せ替え人形となったことは、語らないでおこう…。


空が茜色に染まる頃。
紅は漸くヒナタを解放して、帰路についた。
両手に紙袋を幾つも引っ提げている割りに足取りは軽い。
そんな紅の前を、ゆったりと歩いている見知った少年が一人。
「シノ」
呼べば、ぴたと足を止めて振り返る。
やはり、受け持ちの下忍の一人、シノだ。
キバやヒナタのように驚いた風もなく、紅が歩いてくるのをじっと待っている。
漸くシノの元に辿り着いた紅に、シノも漸く口を開く。
「買い物ですか」
「そう。さっきまでヒナタと一緒にね。…あなたは、何してるの?」
紅の両手を塞ぐ数多くの紙袋を一瞥して訊ねるシノに答え、逆に訊ね返すと、シノはひょいとビニール袋を持ち上げた。
中には、透明な小瓶が入っており、透明な液体が揺れている。
「何…?」
「香水です」
「………」
香水…にしては随分簡素な瓶に入っている。それに袋もただのビニール袋。
だが、それ以上に不可解なのは、シノが香水を持っているという事実。
「あなたにそんな趣味があったとは、知らなかったわ」
沈黙の後、紅はまあシノだし、と自分を無理矢理納得させて会話を再開させた。
しかし、シノは当然の如くそれを紅に差しだし、言う。
「俺のではありません。先生にです」
「………私に?」
シノは差しだしたまま一度頷いた。
「本来ならばきちんと包装してお渡しすべきですが、やはり当日が良いでしょう。お誕生日、おめでとうございます」
一瞬、沈黙。
「…………なんで知ってるの」
「アンコ先生に聞きました」
再び、沈黙。
そして、一つの溜め息。
「そう。ま、バレちゃ仕方ないわね。有り難くいただくわ。でもこれ…まさか手作り?」
「はい。ユリを基調としました」
「………そう…」
紅は、それ以上深く追求しなかった。
それから歩調を合わせて歩き出す。
シノがガサゴソと揺れる紙袋を見て「持ちましょうか?」と言うと、「そう?」と遠慮無く持たされたことは、余談である。


シノと途中で別れて家に帰り着いたのは、夕日が沈む頃だった。
窓の外を眺めやりながら、街が紅い海に沈む景色に暫し見取れる。
そんな時、突然電話が鳴った。
もしもし……ええ…え?これから…?………そう…いいわ。付き合ってあげる。
ピッと電話を切りると、その横に伏せてある卓上カレンダーに目を留めた。
そっと手を差し伸べて、ことん、と立て直す。
11のところに、黒いペンで印を付けてある。
「誕生日、か…」
年を取るのは、嫌なものだ。
昔はプレゼントがもらえるからと、とても楽しみにしていたのに。
いつの間にか、迎えたくない日になっていた。

………しかし。

年を取らなければ、出会えなかったものが沢山ある。
生意気だが犬の様に可愛気のあるキバ。そしてその相棒の赤丸。
可哀相なくらいきょどるが、芯が強く、頑張り屋なヒナタ。
とても真面目で優秀だが、どこかズレてるシノ。
それに…。
他にも、沢山、沢山。
ふっと笑みを零す紅の横顔を、夕日が茜色に染め上げる。
「誕生日か…」
トンと小さくカレンダーを爪で弾くと、紅は踵を返した。
買ってきた新品の中から、誘われた食事に着ていく服を厳選し始める。
派手過ぎず、しかし私服よりはオシャレな。
それから髪を整えて。化粧を直して。
シノが手作りしたという香水も付けてみる。
ふわりと、ほのかに薫る、花の香。
これから会う人は気付くだろうか、と小首を傾げた。
気付いても気付かなくても、彼らしい。
小さく笑みを零し、ふと見た時計に慌てて玄関へ向かう。

開いたドアの向こうには、夕暮れの後の、淡い夜が待っていた。





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あとがき
紅先生、誕生日おめでとうございます。
もう、ね。本当は8班でぱぁ~と祝いたかったんですがね。
紅先生は誕生日とか(特に年齢とか)教えなさそうだな…と思いまして。
シノとの場面が長いのは、まあ、ここシノ中心サイトですから。
でも。書いていて、キバと赤丸の可愛さに自分で堪らなかったです。
思わず撫でたのは、ぶっちゃけ私の心境でした…。
ヒナタと紅先生も、いいですよね~。
イジメたくて仕方なくなっちゃう感じで。。
そして電話の相手は、誰とは言いませんが、まああの人でしょう。
紅先生中心に書くのは初めてなのでおぼつかないですが、お許しください。
来年はきっとみんなでお祝いします!












(07/6/11)