※花キューピッドの続きです。
「カンクロウ。帰ってたのか」
「ん…? ああ。テマリ」
砂隠れの里の回廊で、任務で木ノ葉に出掛けていたカンクロウの姿を見つけたテマリは声を掛けた。
そして振り向いた弟の手に、不似合いな一輪の花が握られているのを見て、ちょっと驚いた様に瞬いた。
「…………花…? どうしたんだ、そんなもの」
「え…あ、ああ。もらったんじゃん」
「もらった…? ああ、誕生日か。………さては…」
ははぁん、と意地悪そうな笑みを浮かべ、テマリはカンクロウに詰め寄った。
「どんな娘にもらったんだい?…そんな花を手に入れられるってことは、プラントで働いてる娘か?」
プラントとは、植物の育ちにくい砂の里で、人工的に植物栽培を行っている機関である。
毒草や薬草も管理していることから、カンクロウは頻繁に出入りしていた。
「な、なに言ってんだ。ちげーよ」
「じゃあ、誰だい?」
怪しいな、と揶揄と好奇を帯びた目で不敵な笑みを浮かべつつ、テマリはカンクロウを覗き込む。
カンクロウは、う…と言葉を詰まらせて、僅かに身を引いた。
『私は貴方を熱愛します』
「…………」
「…………」
「……………」
「……………」
カンクロウが木ノ葉の里に任務としてやって来たのは二日前。
里の案内役を命じられたのは、奪還任務で親しくなった犬塚キバのはずだった。
のだが、急な任務で、別の人物があてがわれていた。
ちらと睨むように見る先には、高い襟に黒眼鏡でほとんど顔の見えない少年。
名前は、油女シノと言った。
木ノ葉崩しの時対峙した、彼奴だ。
あの時のことは任務であり、自分はただ命令に従っただけで、そのことについてはこの少年も了解しているはずだ。が。
『火影も、もう少し気を利かせてくれればいいのによ……』というのが本音だった。
いくら任務であったとは言え、やはり気まずい。
キバやナルトのような奴なら、敵対した後でもうち解けられるものの、此奴は実にやりにくい。
何も言わない、何も表さない、自己紹介と案内役を受けた旨を告げた後は、会話らしい会話もなく、本当に、気まずい。
ピロロロロという、なんとも長閑な鳴き声に空を仰げば、これまたのどかな青い空と白い雲。
本当に木ノ葉の里は平和だな、と、ある種現実逃避に近い感覚でとカンクロウは思った。
そのくせ自分の心は憂鬱だと、すぐさま現実に引き戻されて思わず溜め息を吐く。
大体、任務云々はともかく、此奴との勝負は納得のいくものではなかった。
いくらクロアリがいなかったとは言え、勝てなかったのは事実。
そのことについては、今でも悔やまれる。
できるなら今一度手合わせしたいものだったが、結局そんなことは言い出せず、時間も無かった。
此奴にしても、毒を受けて死ぬところだったのだから、自分と居て良い気持ちはしていないはずだ。
お互い私情は挟まないにしても、拭いきれないものもある。
まるで人形の様に――否。人形の方がずっと愛敬がある――無表情な顔を再び盗み見て、
犬塚はよくこんな奴とスリーマンセル組めるなと幾度目かわからない感想を抱く。
自分もほぼ無表情の我愛羅と付き合ってきたが、それとは違って、張り詰めるでもなくかといって和やかでもない雰囲気は、妙な感じだ。
我愛羅が強固な壁のイメージなら、此奴は捕らえどころのない影の様な。
なんとも居心地が悪く、緊張して、カンクロウは傀儡を背負い直した。
しかしそんな状況からも、もう少しで解放される。
任務は終了し、後は正門に辿り着けばおさらばできるのだ、とカンクロウは気を引き締めた。
漸く、心待ちにした正門を目にした時は、地獄から天国を見たような感動があった。
「じゃあな。案内、サンキューだったじゃん」
心からの笑みを浮かべて、カンクロウは簡単に挨拶と謝辞を述べて、踵を返す。
それを、シノが引き留めた。
「待て」
「あ…?」
反射的に振り向いたが、そう言えば此奴の声を聞いたのは今日初めてだなと気付く。
「これを、キバから預かってきた」
カンクロウの今更な発覚など知らず、シノは白い袋をガサリと持ち上げて見せた。
迎えに来た時から手にしていたその袋は、カンクロウも気になっていたものだったが、犬塚からの預かり物だったのかと思う。
「なんだ?」
「誕生日の祝い品だそうだ」
シノから袋を受け取り中を覗きながら言うと、シノが簡潔に答える。
「………あいつ、覚えてたのか」
以前、何の気無しに教えた事を思い出し、思わず、案外マメだな、と苦笑し呟く。
すると、そんな嬉しい気持ちに水を差す、極めて真面目な声が返ってきた。
「『7月7日。自分と赤丸の誕生日だから忘れるな』という伝言も預かっている」
カンクロウは吃驚して顔を上げ、伝言を伝えてきた少年をまじまじと見る。
(………………そうか。こいつは、天然か)
何か、得心した。
見つめる自分に、少年が何だと問うように首を傾げる。
カンクロウは慌てて袋の中に視線を落とし、中身をわざとらしくがさごそと漁った。
中には、乾物と、塩か砂糖と思われるもの一袋。
「何だ、これ?」
「…鯨の干し肉と、塩だ。この前、海の国へ行った時に買っていた。どちらも保存が利くうえ上等なものだ」
「鯨……て、あのクジラか? クジラって、食えんのか??」
思わず素っ頓狂な声をあげたが、シノはただこくりと頷いて淡々と答える。
「海の国の一部地域では食べられているそうだ」
「へぇ。知らなかったじゃん…」
犬塚にしては、なかなか凝ったプレゼントだと素直に関心していると、「それから」と言うシノの声が聞こえた。
まだ何かあるのかと顔を上げると、目の前に鮮やかなピンク色が飛び込んできた。
「………………」
それは、つい最近、よく見かけたような花。
名前は確か……カーネーションとかなんとか。
「誕生日だと今朝知ったので、母の日の余り物で悪いが」
カンクロウは、シノの意図をすぐに理解することができなかった。
どう考えても、自分は花――しかもピンクの――をプレゼントされる柄ではないし、プレゼントする側のシノにも全く似合っていない。
「………俺に?」
まさか、と暗に含んだ口調で問うも、シノには通用せず、当然の如く頷かれる。
「誕生花らしいからな」
「たんじょうか…?」
そう言われれば、花の種類が少ない砂の里ではあまり知られていないが、そんなものがあると聞いたことがある。
それにしても、自分の誕生花がこんな花だったとは…と少々複雑な心境でカンクロウは受け取った。
しかし受け取ってから、はたと気付く。花など、砂まで保つはずがない。
そう言おうと口を開きかけると、先読みしたかのようにシノが言った。
「心配はいらない。良くできているが、それは造花だ」
「…………そ、そうか…」
ピンクのカーネーションの造花を見、鯨の干し肉と塩を見、シノの顔を見て、カンクロウは改めて、しみじみと、奇妙な奴だと思った。
奇妙だが、悪い奴ではないらしい。
天然っぽいが、ボケてはいない。
「ありがとな。犬塚にも、言っといてくれ」
「承知した」
こくりと頷く。
承知したからには、間違いなく伝えるだろう。
こういう細かなことにおいても信頼出来る奴は嫌いじゃないな、とカンクロウは先程とは違った意味合いで、心からの笑みを浮かべた。
数日後
「シノ!!」
後ろから怒声に近い声で呼び止められ、シノは訝しげな表情で振り返った。
大抵そんな風に自分を呼び止めるのはキバだが、今回は違う人物。
一体何事かと、眉間に皺を刻む。
「おい、シノ!」
「聞こえている。何だ、シカマル」
声の主は奈良シカマルで、全速力で走ってきたらしく、珍しく息を切らせている。
「な…なんだじゃ…ねぇ…っ! お前、カンクロウにピンクのカーネーションやったって、本当か!?」
何事かと思いきやそんなことで、シノは眉間に寄せた皺を解く。
「俺が渡したのは、造花だが…」
「やったんだな!?」
「………ああ。だが、それがどうした」
「どうしたって…」
何やらただ事では無いような、ショックを受けたような表情で絶句したシカマルを、シノは不思議そうに見やった。
すると、段々怒ったような、泣き出しそうな表情に変わって、両肩をがしっと掴まれた。
「花言葉! 忘れたわけじゃねーだろうが!!」
呆気に取られているシノに、シカマルが悲痛な声で叫ぶ。
『花言葉』というキーワードにシノは一瞬首を傾げたが、すぐに「ああ」と思い至った。
ピンクのカーネーションの花言葉。
私は貴方を熱愛します……。
「シカマル。俺はただ、誕生花だからやっただけだ。特別な意味合いは無い」
「当たり前だ!!」
シカマルの怒っている原因がわかり、シノは安心させるつもりで言ったが、何故か怒鳴られて眉を寄せる。
そこまで怒る理由がわからない。
シカマルはシカマルで、いくら誕生花だからって、いくら造花だからって、そんな花言葉の花を他の奴にやってしまう
シノの神経が信じられない。のだが、シノには全くその気持ちが伝わらない。
それどころか、シノはあることに思い至った。
どうして、シカマルがそのことを知っているのか。
思い当たる節があり、こちらはこちらで機嫌が悪くなる。
シノはシカマルの手を強引に振り解き、僅か不機嫌な声で問うた。
「……………なぜ知っている?」
「え…」
「カンクロウに花をやったことだ。何故お前が知っている」
「そりゃ…テマリが手紙で……って、おい、シノ!?」
手紙といっても書類に紛れたメモ程度のものだが、シカマルも存外疎い。
地雷を踏んだことにも気付かず、不意に踵を返して歩き出したシノを、慌てて追いかけることとなった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
カンクロウの誕生日企画。おめでとう、カンクロウ!
木ノ葉以外が初めて出て参りました。
奈良ヨシノさんの誕生日企画の続きで、実はシカシノです。
カンクロウとキバが友達設定はよく見かけますね。気が合いそうだ。
でも、人形オタクと虫オタク同士、こちらもなかなかではないでしょうか。
………なんて。
この前、アニメの最後を飾ったカラスを見て思いました。
(07/5/15)