蠱惑なハニー


奈良家にチョウジがやってきた時、その様子にシカマルは思わず目を丸くした。
「……どうした、チョウジその…ありあまる程の食いもんは……」
ほくほくと、ご満悦顔のチョウジの手には、数え切れない程大量の食べ物が抱えられていた。
その種類はスナック菓子和菓子洋菓子の菓子類から、カップラーメン、ジャガイモにんじん大根の野菜類、
ソーセージ唐揚げビーフジャーキーの肉類、生魚あさり貝柱の魚介類にまで至り、その他にも様々な物が見受けられる。
この種類の多さに比例して、量も半端ではない。
『チョウジの手に』というのは説明不足で、『チョウジの倍化した手に』というのが正しい。
そのでっかい手から溢れているのだから、相当だ。
「説明は後でね。それより、おばさんに冷蔵庫貸してもらえるかなぁ?」
大量の食べ物をシカマルの部屋にごちゃっと置き、器用に要冷蔵な物だけを取り出して、チョウジは嬉しそうに言った。
シカマルは「おう」と応えはしたが、部屋のほぼ半分を埋め尽くした食べ物の量に圧倒されて、ほとんど反射的に応えただけだった。
チョウジが部屋を出て台所に行っている間に、漸くシカマルの頭が回転し始める。
「………なんだよ、これ…」
これ程山盛り雑多な食糧、見たことがない。
今日はチョウジの誕生日で、ウチでケーキを食おうと約束していたし、それに付随してお菓子等を食べようという考えは分かる。
現に自分も、飲み物や食べ物を一応用意しておいた。
しかしそれにしては、この種類と量は、異常だ。
何より、今日はチョウジの誕生日なのだから、自分で用意などしてくるものか。
となれば、人にもらったと考えるのが筋だろう。が。
チョウジはこんなに人気者だったか?
この種類の多さは、様々な人にもらったのだと考えれば納得出来るが、それはつまり、種類と同等の人数からもらったことになる。
しかしどう見ても、チョウジの人脈を凌駕している。
「わっかんねーけど……ま、いいか。本人に聞けば」
大体の推量を立てたシカマルは、結局チョウジが戻ってくるのを待つのが一番良いという結論を出し、考えることを途中で放棄した。
暫くしてウキウキチョウジが戻ってきて、早速説明を促すと、チョウジは山の中からスナック菓子の袋を手に取り開けてから、
「それがね…」と話し始める。


父ちゃんの用事でシノの家に行く途中、いのに会って「誕生日よね、おめでとう」って好甘堂のシュークリーム『ふわみつ』をもらったの。
それを食べながらシノの家に行くと、シノが出てきたんだ。
シノの親父さん、急用で出かけちゃったから自分が預かるって。
だから、父ちゃんに頼まれた紙袋――多分、中身はこの前父ちゃんが借りてきた植物図鑑だと思うんだよね。重さとか形とか。
油女一族が独自で調べて書き加えたもので、里の書庫にも無い代物だって言ってた――を渡したんだ。
そうしたら、シノが、「今日はお前の誕生日だと聞いた」って言うんだ。
「誰から聞いたの?」って訊いたら「親父から」だって。多分、父ちゃんがシノの親父さんに教えたんだよ。
よくわかんないけど、仲良いみたいだし。それでね、蜂蜜をもらったんだ。
すごく甘くて美味しくて、それを舐めながらシカマルの家に向かってたら、今度はアスマ先生と紅先生に会って、ソーセージと貝柱もらったの。
昨日アンコ先生とかゲンマさん達とイビキ教官の家に押しかけて飲み会して、そのつまみの残りだって。
で、次に買い物帰りの7班に会って、カカシ先生にレタス、ナルトにカップラーメン、サスケに魚、サクラにようかんもらった。
それから顔だけ知っているおばあさんとかおじいさんとか、知らないおばさんとかおじさんにチョコとかジャガイモとか大根とかいっぱいもらって
―――え?知らない人から物もらうなって?大丈夫大丈夫。食べ物くれる人に悪い人はいないから―――で、キバにはビーフジャーキー、
ヒナタにはロールパンもらって、ガイ班の人達にも肉まんとピザまんと『激辛キムチまん』もらった。これはその場で食べちゃったけど。
それから、それから………。
「ああ、もういいもういい!」
誰に何をもらったとか、食べ物の名前が列挙され始めたところで、シカマルがストップをかける。
「つまり、これ全部人からもらったんだな?」
「うん」
「なんでこんなにくれるのか、理由は知ってんのか?」
「ううん。知らない。みんな、ボクの誕生日知ってたんじゃない?」
「……んなわけあるか」
呑気に美味そうに誰かからもらった饅頭を頬張るチョウジに呆れて、シカマルは頭を掻いた。
「………食ったもんの中に、なんか変なもんがあったんじゃねーか?」
「え~。みんな美味しかったよ」
「味じゃねーよ」
今のチョウジの話から推察すると、怪しいのは、はじめの方で口にしたいのの『ふわみつシュークリーム』かシノの『蜂蜜』だが…。
『ふわみつ』は、シカマルも食べたことがあった。
生地に蜂蜜を練り込んだ、好甘堂のオリジナルシュークリーム。しかしまさか市販のものになにか仕掛けがあるとは思えない。
と、なると……。
「なあ、チョウジ。シノはなんか言ってなかったか? その、蜂蜜くれる時」
「ん~。わかんない。………まだ残ってるから、シカマルも食べる?」
チョウジは、この山からどうしてそんなにすんなりと発掘できるのか知らないが、ぽんとシカマルの前に掌サイズの小瓶を置いた。
「…………」
その瓶を手にとってよくよく見たシカマルは、思わず絶句する。
確かに、蜂蜜だ。
問題なのは、ラベルに書かれたネーム。
その名も、『蠱惑なハニー』。
……絶対。
油女家当主のネーミングに違いない。
そしてこうも書かれていた。
『(蠱惑成分配合)』と。
後にシノから「『瓶に詰めたのは親父だから“純正”とは限らない』と言ったんだが…やはり聞いていなかったか」
と言われることとなるのだが、この時のシカマルは聞くまでもなく全てを悟っていた。
蜂蜜の瓶から視線を移し、今度はプリンを食うチョウジを見る。
「………チョウジ」
「んあ?」
「良かったな」
「うん!!」
幸せそうな親友に、まあいいかと溜め息を吐く。
そして、そう言えばと気が付いた。
「チョウジ」
「ん?」
「誕生日おめでと」
シカマルから投げて寄越された奈良家特性胃薬をキャッチする。
チョウジは、満面の笑みで言った。
「ありがと、シカマル」
その後、プリンで腹ごしらえを終えたチョウジと二人で誕生日ケーキを食べたが、
チョウジがもらった食糧の山を完全に無くすには、二日掛かりの作業となった。





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あとがき
ハッピーバースデー! チョウジ!
チョウジは食べ物のイメージしかないので、もうひたすら食糧を贈りました。
シビさんの粋な計らいのお陰で、きっと満腹満足したことでしょう。
幸せいっぱいになってくれたなら嬉しいな。
蜂蜜を贈ると決めたのはシノですが、蠱惑成分を細工したのはシビさんです。
シノは気付いてはいたものの、絶対毒ではないのでまあいいか、と。
特にシカシノとは言いません。
ちなみに。
蠱惑成分とは、油女一族秘伝の成分。
それを絶妙にブレンドした蜂蜜『蠱惑なハニー』はシビさんの特許製品ですので、あしからず…。












(07/5/1)