シンプル イズ ザ ベスト
「あれ、アンコ先生?」
いのとシノが歩いていると、お菓子や子供の玩具等が並ぶ駄菓子屋の前に見知った人物を見つけた。
いのが声を掛けるとアンコは振り返り、二人を見ると駄菓子屋にあっても全く違和感の無い程屈託ない笑顔を向けた。
「よっ! 久しぶり!」
屈み腰の姿勢から背筋を伸ばし、片手を上げる。
「なに、二人並んじゃって。さてはデートかぁ?」
「何言ってんですか。違いますよぉ! たまったま偶然会っただけ!」
にししと、どこかナルトに似た笑い方でからかい調子にアンコが言うと、いのは大袈裟に両手を振って否定した。それに、シノも頷く。
「シノ‥。こんなはっきり否定されて、あんた悲しくないわけ?」
「‥‥‥悲しくなることなんですか?」
シノが首を傾げると、アンコは「あ~。いいわ、なんでもない」と言いつつ視線を彼方へ向けた。
「ところで、先生はこんなとこで何してるんですか?」
いのが声を掛けると、アンコは彼方へ向けた視線をふっと戻し、なんでもない風に答える。
「ああ。実はさ、今日イビキの誕生日なんだって」
その答えに、今度はいのがへぇ~と不敵な笑みを零した。
「アンコ先生こそ、イビキ教官とそんな関係だったんだぁ‥」
「まっさかあ!! たまったま聞いてさ、なんか変な物でも贈りつけてやろうかと思って!」
アンコはいのの言葉に悪意無く大笑いし、きっぱり全否定した。
「‥‥‥先生‥それは嫌がらせじゃ‥‥」
アンコのあまりな返答にいのが呟くと、シノも密かに頷いていのにだけわかるように同意を表した。
「ん? なんか言った?」
「い、いえいえいえ!! なんにも!!」
呟きが聞こえたのか不思議そうにアンコが見たので、いのが慌てて首をぶんぶん振り、力一杯答える。
アンコがいい人なのは知っているが、それと同時にちょっとヤバイ人なのも知っている。
やぶをつついて蛇を出すのは利口ではない。
「それで、贈り物を駄菓子屋で探していたのですか?」
まだ少し不思議そうな顔のアンコに向かって、シノが話題を元に戻した。
すると「ああ、そうそう」とアンコも話を続けた。
「でも、なかなか面白そうなのがないのよね。‥やっぱここは起爆札でも仕掛けるか‥‥」
「ちょ、ちょっと先生!?」
駄菓子屋の前に似つかわしくない怖ろしい台詞に、いのがぎょっとした。
「あはは、大丈夫大丈夫。死なない程度にやるし、あいつもバカじゃないんだから、回避ぐらいするでしょ」
「そういう問題じゃないでしょう!」
いののつっこみを笑って軽~く受け流し、アンコが本気でそうしようかな等と思案げに呟くものだから、いのは慌てて隣のシノを小突く。
「シノ! あんたもなんとか言いなさいよ!」
いのにせっつかれて、シノは暫し思考してから口を開いた。
「起爆札ではイビキ教官ではない他の誰かを巻き込む危険性があります。
それに、事前に察知され爆発しなくても、そんなものを贈り付けては大事になりかねない」
「‥‥じゃあ、他に何かいい案ある?」
アンコがちょっと不満そうに口を尖らせていのとシノに聞く。
いのはえ~っと‥と思案顔になり、シノは傍目からはわからないが、考えを巡らすために僅か視線をずらした。
その時、不意にアンコの背後にある駄菓子屋に目を留める。
そこには無いものだが、きっと、これならうまくいくだろう。と思えた。
「‥‥では、こういうのはどうでしょう」
「え。なになに?」
シノが切り出すと、アンコもそしていのも興味津々と顔を寄せる。
シノは口の横に手を当て、アンコといのは耳に手を当てて、イビキへのイタズラの算段を企てたのであった。
イビキは、アカデミーで事務処理をしていた。
窓の外では空が茜色に染まりだしたと言うのに、積まれた書類は山。
綱手が火影になってから増えたように感じるのは、気のせいではないだろう。
「おい、イビキ」
呼ばれて顔を上げれば、不知火ゲンマが棒きれをくわえてなにやらにんまり顔で立っている。
同室でライドウやアオバと別の仕事をしていたが、先程一度部屋を出て戻ってきたところだ。
「何だ?」
「今日お前の誕生日だろ。これやるよ」
そう言ってぽんと机に積まれた書類の上に置いたのは、白い箱。
「‥‥‥確かにそうだが、この年で誕生日もなにもないだろう」
「なに言ってんだよ。俺より年下のくせに。っつか‥」
怪訝そうに顔をしかめるイビキに対し、ゲンマはにやにやと笑って棒きれを上下に動かしながら身を屈め、音量を落としてイビキに囁いた。
「さっき外で女に頼まれたんだ。隅に置けないねぇ、この」
「女‥‥?誰だ?」
少し吃驚したようにイビキが聞くと、ゲンマはさあねと肩を竦め、「ま、とにかく渡したからな」と言ってライドウ達の所へ戻っていく。
不可解さと気恥ずかしさになんとも微妙な面持ちをしてイビキは白い箱を手に取った。
軽い。匂いは無いが、ことことと小さな音が中から聞こえる。
「あのな。別に起爆札が仕掛けられてんじゃねーんだから、さっさと開ければいいだろうが」
慎重なイビキに、呆れたようにゲンマが言った。
その後ろでは、ライドウとアオバもこっそり様子を窺っている。
ばつが悪そうに眉間に皺を寄せたイビキだったが、言う通り、開けてみなければ対処の仕様がないのも事実だ。
イビキは白い箱に手を掛け―――この時ゲンマの顔がにやけたが、それに気付いた者はいなかった―――フタを開けた。
瞬間。
ビヨヨヨヨ~ン!!
という効果音がピッタリの、首がバネになったちんちくりんな頭が飛び出した。
流石に呆気に取られ固まったイビキの眼前で、上下左右にビヨンビヨンと揺れる。
積まれた書類の上には色取り取りの紙吹雪とくるくるした細長い紙が舞い落ち、ついでにイビキの頭にも降り掛かっていた。
沈黙した間の後、爆笑が起こったが、イビキの耳には入ってこない。
代わりにびっくり箱の中で踊る頭と、その脇に添えられた滅茶苦茶プリティーなピンクのウサギの小さなマスコット、
更にそのマスコットの抱いているメッセージカードに目が釘付けになっていた。
『誕生日おめでとっ!! みたらしアンコ☆』
硬直した頬をピクピク痙攣させ、耐えたのは実に3分強。
だが、任務でもないのに耐える必要も無いと思った瞬間、爆発した。
「アンコォォォォォォ!!!!!」
「ぃやったあ!!」
遠くの屋根から望遠鏡で覗き見ていたアンコは、びっくり箱が開いた時点で爆笑していたのだが、
響き渡ってきた怒声を聞いて更に笑い死にしそうな程になっていた。
「あははははは!! もう! 最っ高!!」
笑い転げる上司の横では、いのが呆れ顔をしてその様子を眺めている。
「イビキ教官、かわいそ~‥」
同時にイビキに対して同情の念を抱いたが、それはそれ、これはこれ。
これより先に予想される上司同士のいざこざに巻き込まれるのは御免なので、これ以上首を突っ込むつもりは微塵も無い。
そういう引き際(逃げるタイミング)は、シカマルを筆頭としたある意味10班の十八番だった。
「しっかし、シノ。よく思いついたわね。ああいう下らない悪戯って、ナルトの専門だと思ってたわ」
未だ腹を抱えて震えているアンコから、隣でイビキ達の居る場所を見ているのであろうシノに呆れ顔を向ける。
すると、シノもいのに顔を向け、淡々と答えた。
「相手が相手だ。下手に小細工をすれば逆に見破られる可能性が高い。古典的でシンプルなのが最も効果的だ」
その返事に、いのは思わず天を仰いだ。
「‥‥‥あんた、いい性格してるわ‥‥」
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あとがき
森乃イビキ誕生日企画です。
イビキは、先生という呼称より教官の方が似合ってますね。
アンコ・イビキコンビは、アンコ初登場シーンでイビキがボソッと言った「空気読め…」という一言に爆笑しました。
そして、アンコと言えばいのとシノでしょう。
ナルト以外にアンコと接触があったのは(アニメで)この二人だけですから。
あのフォーマンセルは、寄せ集めにしてはバランスの取れたいいチームのように思います。
まあ、シノがいればどんな組合せでも良いってのが本音ですが(笑)
備考として。
途中出張ってきたゲンマさんは、アンコに団子で買収されたんです。くわえていた棒きれは団子の串です。はい。
そんなこんなでイビキ教官、ハッピーバースデー!
アンコの誕生日に報復してくれることを期待してます!
(07/3/20)