花キューピッド
シカマルは、商店街をのらりくらり歩きながら、屋根と屋根の隙間から見える白い雲を見上げて溜め息をついた。
「あっれ~、シカマルじゃない!!」
ふいにかけられた高く明るい声に、目線を下ろす。
見慣れ過ぎる程見慣れた、ポニーテールの少女の姿に、肩の荷がより一層重くなったのを感じた。
それがあからさまに態度に出たらしく、山中いのは眉を寄せ頬を膨らませる。
「なによ~。私に会ったのがそんなに嫌なわけ!?」
「べつに、んなわけじゃねーよ」
そのままのらりくらりと歩きながらいのの前までやってきて、足を止める。
まだ不服そうないのの様子にめんどくささを感じながら、シカマルは面倒そうに言った。
「つーか、今日は俺、客だから」
「…え? なに、あんた花買いに来たの?」
表情を一変させて目を丸くするいの。
シカマルは「悪ぃかよ」とぼそりと呟き、気まずそうに視線を逸らした。
なんやかやと会話を交わしながらやまなか花店の中に入ると、色とりどりの花とその香りに包まれる。
まるで春を先取りしたようだ。
「それで、何が欲しいの? それとも私が選んであげようか?」
ポニーテールを揺らしていのが振り返る。
その問いに、シカマルは照れ隠しにぽりぽりと頬を掻きながら呟いた。
「アマリリス……」
「アマリリス?」
ぎょっとするいの。
予想通りの反応に、シカマルは目つきをより悪くする。
「そう、だよ。アマリリス。……今日の誕生花なんだろ」
そのシカマルの言葉に、いのは瞬きをし、感心したように言った。
「そうよー。よく知ってるわね
「……シノに聞いた」
「あ~。なるほどぉ」
なっとくしたわ。と笑いながら、いのはアマリリスのある方へ向かう。
「誰か誕生日なの?」
「母ちゃんが」
「あ、そうなんだ~!」
そう言って、いのがまた笑った。
アマリリスのところに手を伸ばし状態を確かめながら、「シカマルって、意外と親孝行ね~」と余計なことを言うのが聞こえたが、
どうやらからかっているわけではなさそうなので、口答えはしない。
「それで、何本? 色も赤と白があるけど、どうする?」
「あ~っと……白を一本」
「一本だけ?」
「シノが、一本でいいんじゃねーかって」
「あんた全部シノ任せね」
いのがシカマルに顔を向け、あきれたように言う。
「だって俺わかんねーし…」
「女はめんどくせーとか言ってるからでしょ」
シカマルのそんな性格を責めつつ、いのは白のアマリリスを一本包む。
それから何か思いついたように、にやっと不敵な笑みを浮かべた。
「な、なんだよ」
「シカマル。シノにお母さんの誕生日プレゼントについて相談したんでしょ? なら、シノにも一本、お礼を買ってきなさいよ」
「ぁあ? なんだよ、お礼って…」
「い・い・か・ら! ほら!」
そう言って横にあった花を一本取り、突き出す。
シカマルはますますわけが分からない、と困惑した。
「カーネーションだろ、これ。母の日じゃねーんだぞ?」
「いいの、いいの。シノならきっとわかるから!」
花の様な満面の笑みで言い放たれ、半ば無理矢理買わされて、シカマルはアマリリスとカーネーションを手に店を後にした。
家に帰ると、母がなにやら随分嬉しそうに台所に立っている。
呼んで振り返ったその胸元に小さく光る見慣れぬアクセサリーを見、ちらと見た父親の丸まった背に、
自分が居ぬ間にこちらはこちらで仲良くやっていたらしいことを悟った。
「なーに? シカマル」
「あ~…」
こういうことは、恥ずかしがってもじもじしているよりも、さっさとやってしまった方が良い。と決断し、アマリリスを持った右手を差し出す。
カーネーションは、間違えないように玄関に置いてきた。
「誕生日、おめでと」
ちょっとびっくりしたような顔の後の、笑顔。
まあ、たまにはこんなのもいいか。等と思った。
「ありがとう! あんたも父さんも、顔に似合わずセンス良いわね」
頭を撫でられ言われた母の言葉に、そりゃねーよ…と少々傷付きもしたが。
何はともあれ嬉しそうに水差しを用意する母の姿に、頬をゆるめた。
それから玄関に置いたカーネーションを持ってシノの家へ向かう。
だが、外出中だった。任務や修行ではないらしいので、散歩だろう。
もしかしてと思いつき、シカマルはシノとよく落ち合う森の一郭へと足を向けた。
すると案の定、シノはいつものように両手をポケットに突っ込んで木の上に立っていた。
「よぉ、シノ」
頭上に呼びかけると、別段驚いた風でもなくシノが振り返りシカマルを見下ろす。
「プレゼントは、渡せたか」
「ああ。喜んでた」
そう答えると、シノは音もなく木から飛び降り、シカマルの前に立った。
「それは良かった」
うむ、と満足げに頷く。
こんな尊大な態度を素で取れるのはこいつぐらいだろうな、とシカマルは胸中で思い、苦笑する。
「お前のお陰だ。ありがとな」
「否。お前の母親が喜んだのは、プレゼントよりもお前の気持ちだ。だから、俺のしたことは大したことではない」
「……ま、そうだとしても、だ。これは受け取ってくれよな」
尚も続く態度に苦笑しながら、シカマルはカーネーションを差し出した。
「いのに、シノへのお礼に買ってけって無理矢理買わされた。俺が持っててもしょーがねーからよ。もらってくれ」
しばしそのカーネーションを見つめていたシノは、「わかった」と頷いてそれを受け取った。
それから、徐に尋ねる。
「シカマル。いのは、何か言ってなかったか」
「あ…? ああ、そう言えば、シノならきっとわかるとかなんとか…どういう意味だ?」
首を傾げるシカマルを見やり、シノはカーネーションをシカマルの方に少し傾けて答えた。
「花言葉だ」
「は?」
「赤いカーネーションの花言葉は『母の愛情』だが…」
「ああ。それはなんとなく知ってる」
「ピンクのカーネーションは『あなたを熱愛します』だ」
「………」
シノの言葉に、動きを止める。
そして、シノの手にしているカーネーションを見る。
見間違える余地もなく、その花はピンク色。
途端。一気に顔が熱くなる。
「……………いのの奴…!」
シカマルは慌てて顔を反らし、森の向こうのいのに向かって恨めしげな声を絞り出した。
一方、その視線のずっと先。
やまなか花店では、いのがふふふと笑みを零していた。
「今頃、渡してるかしら」
シノならば、ほぼ間違いなくいのの意図(厚意)に気付くだろう。
「わたしって、まるで花のキューピッドね!」
後でシノにシカマルの様子聞いてみよ~っと。等と考えながら、イタズラな天使は微笑むのだった。
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あとがき
奈良ヨシノさんの誕生日企画です。
……なんですけど。
すみません。ほとんど触れてませんね。
いのとシカマルのやりとりが占めている、いの公認設定のシカシノです。
アマリリスは、赤や白の他にもありますが、ヨシノさんには白が似合いそうだという管理人の勝手な選抜です。
白一本はセンスが良い‥でしょうか。良いと思うのですが、どうでしょう?
ちなみに花言葉は『おしゃべり、ほどよい美しさ、内気の美しさ、誇り』等。
余談ですが、ピンクのカーネーションは5月15日の誕生花。
カンクロウの誕生日です(笑)
(07/2/24)