「シカマル、忍者ごっこやんねえ?」
「ん~?べつにいいぜぇ?」

アカデミー初等部の頃。 まだ、俺達にとって忍になるのが途方もなくでっかい事で、憧れで、夢だった頃。
遊びでは、忍者ごっこがダントツの人気だった。多分、少しでも忍者になった気分が味わえて嬉しかったんだろう。
俺は、どっちかってーと将棋の方が好きだったけど。
「チョウジ、おまえはダメだぞ」
ぼけっとしていると、そんな台詞が聞こえてきた。
「え…な、なんで……?」
「だって、おまえいると、必ず負けるじゃん!」
そーだそーだと、数人の声が続いた。
見ると、太った奴が困惑したような、悲しそうな顔をしていた。
何度か一緒に遊んで見知ってはいるけど、名前は知らない。さっき呼ばれてたけど…なんだっけ?
いや。つーか、それよりも。
「でもよぉ。それじゃ人数合わねぇだろ。将棋だって、同じ数の駒がそろってっから面白いんじゃねぇか」
俺は、どうすんだよ、と話に割って入った。 「そっちがそれでいいんなら、俺達は別にいいんだけどさ」と、別の奴も言った。
結局そいつは外されて、とぼとぼと去っていく。
その後ろ姿をなんとなく見ていたら、そいつが急に立ち止まった。
「?」
そいつがなにかごそごそやった後、陰から、一匹の蝶が飛び立っていった。
綺麗な、青い蝶…。
多分、蜘蛛の巣にでも引っ掛かっていたのを、助けてやったんだろう。
「…………」
俺は、空高く舞い上がっていく蝶を、目で追った。
その後、なんかめんどくさくなって俺も遊びから抜けた。そして、お気に入りの場所に行くと、さっきの奴が居た。
「よお…」
それが、チョウジとの付き合いの始まり。


Q.E.D


「あいつぁ、優しいんだ。誰よりも優しくて、そして強い。俺はそう信じてる」
森の中。俺とシノは木に寄りかかって座り、他愛もない話をしていた。
夏の陽射しを枝葉が遮ってくれるお陰でそれ程暑くもないし、時折吹く爽やかな風が心地良い。
どこをどうしてこんな話になったのか、忘れてしまったが、ともかく俺はチョウジとの友情の始まりを語っていた。
「…………俺は、あまりチョウジのことは知らないが」
一段落したところで、黙って聞いていたシノが口を開く。
「あいつが強くて優しいことは、知っている」
意外なシノの言葉に、俺は目を瞠って左隣に座るシノを見た。
その横顔は、相変わらずの読み取れない表情。俺の視線に気付き、シノが此方を向いた。
「一度、一緒に忍者ごっこをしたのを覚えているか?」
シノと、忍者ごっこ…? そんなこと………あ。ああ、そう言えば、一度だけ……。
「確か、一回だけしたな。ナルトとキバもいたっけか」
シノは俺の返答に頷き、話し出した。


あれは、確かまだアカデミー生1年か2年の、夏の放課後だった。
「ふざけんな!!」
「キバ!もういいってばよ…!」
階段を下りていると、喧しい二人の声が聞こえてきた。見ると、同級のキバとナルトが、他のクラスの男子たちとなにやら口論になっている。
「うるせえっ!! 気にいらねぇんだよ!てめえもだ、ナルト!こんな奴等にハジキにされて、なんっで何も言わねぇんだよ!!!」
完全に頭に血が上っている様で、キバは今度はナルトに突っかかった。
「べっ…べつに! 俺はこいつらと本気で忍者ごっこやりたかったわけじゃねえしぃ!! おまえ誘われたんだから! さっさと行けば良かったんだってばよ!!」
「んだとぉ~!!」
「やんのかぁ~!?」
眺めていると、ついにキバとナルトが一触即発な雰囲気になった。
確か、口論の相手は他のクラスの男子たちで、あの二人は味方同士だったはずなのだが。
なぜこういう展開になるのか、と心底不思議に思った。
話を聞く限りでは、どうやら忍者ごっことやらにキバが誘われ、一緒にやりたいと言ったナルトは断られたのだろう。
どういうわけかナルトは仲間外れにされがちだったが、とにかく、それが気に入らずキバがキレた……といった具合だろうと推測できた。
止めた方が良いだろうか…と思った時、キバとナルトの間に思わぬ仲介が入った。
「おまえら、うるせえ」
シカマルだ。うんざり顔のその横には、チョウジもいる。
シカマルがわーわーぎゃーぎゃー騒ぐキバとナルトの相手をしていると、今まで忘れられていた男子たちの内の一人が、チョウジの姿を認めた。
「チョウジじゃねぇか」
ふと、チョウジがそちらを向く。
「お前、相変わらずトロそうだなぁ。昔よりまた太ったんじゃねぇ?」
一人が言うと、周りも乗り出す。
「ほんとだ」
「ダイエットした方が良いんじゃね?」
「それじゃ、忍者になんてなれっこねえよ。なあ?」
「そうだよな。忍者『ごっこ』もできねえデブじゃあな!」
そう言って、げらげらと笑い出す。
流石にキバもナルトも騒ぐのを止め、不愉快そうに男子たちを睨んだ。
いつもはぼけっとしているシカマルも、目つきが鋭くなる。
チョウジは怒りに顔を真っ赤にし、今にも噴火しそうだ。
一方、俺はそのキバたちの反応に興味が湧いた。
キバもナルトも、たまにチョウジをからかっている。自分たちが言っていることを他者に言われると、不愉快になるものなのか。
シカマルにしても、チョウジの親友として当然の反応なのだろうが、それでもやはり真剣な表情は珍しい。
そしてチョウジも、普段大人しく穏和な奴が今にも爆発しそうになっているのに、少し驚いた。
とにかく、すぐにでも乱闘が起きそうな空気だ。
そろそろ傍観しているわけにもいかないだろう。そう思い、止まっていた足を一歩、踏み出した。
「………………忍者ごっこ、とはなんだ?」
一言目は、何でも良かったのだが。ともかく一番気になったことを言ってみた。
唐突な背後からの声に、男子たちは振り返り、キバたちも驚いたように俺を見た。
「……あ?」
「さっき、言っていたろう。忍者ごっことは、なんだ」
突然の闖入者に呆気に取られている連中に、もう一度問う。
「え…と……。町の中に散らばった敵チームをつかまえる、遊び、だけど…」
一人が、ようやく答えた。
遊びなのは知っていたが、そう言う遊びだったのか…。だが、いまいちわからない。
「お前達は、忍びになるのだろう? なぜごっこ遊びをする必要がある? それならば、印の練習でもした方が余程有益だと思うが」
俺の言葉に、なぜか皆ぎょっとしたような表情になった。
何か、おかしなことでも言っただろうか…?
俺が訝しんで眉を寄せると、先程チョウジを最初にからかった奴が思い出したように叫いた。
「う、うっせーな! 実戦訓練だよ! ジッセンクンレン!!」
「実戦訓練………なるほど」
俺は頷いた。そして、少し考える。
「では、俺を相手にしてみないか」
「え……」
「町に散らばったお前達5人を、捕まえればいいのだろう?」
俺の台詞に、皆目を瞠った。
男子たちは互いに顔を見合わせ、キバ達は俺を凝視している。なにやらもの凄く意外そうな顔に見えるのは、気のせいだろうか。
「いいぜ」
ふいに、話し合っていた男子たちの内の一人が言った。どこかにやけてる。
「てめぇみたいな優等生には、キツイかもな。ハンデをやるよ。好きなだけ仲間集めて良いぞ」
「一人でいい」
そう言うと、癇に障ったのか、睨まれた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
それまでひたすら黙っていたシカマルが、声をあげた。
「普通は、同じ人数でやるもんだぞ、シノ! 流石に一人じゃ無理だって!」
「問題ない」
「いや、大問題だろ。俺もやる」
俺は、5人の方から視線をシカマルに向けた。
「ぼ、ボクもやるっ!!」
そして、チョウジも力強く言った。
「お、俺もやるってば!」
「俺だって!!」
ナルトが手を挙げ、キバも負けじと怒鳴った。
「これで、5対5だ」
シカマルが、静かに言った。

「いいか。ルールは簡単。要は鬼ごっこと隠れんぼと缶蹴りの掛け合わせだ。里の中、立ち入り禁止区域と森以外の場所に隠れてる連中を俺らが見つけて捕まえる。
逃げられたら、追いかけて捕まえる。捕まえたら、アカデミー前のブランコに連れて行って、全員捕まえた時点で俺らの勝ち。
ただし、まだ捕まってない奴が捕まった奴にタッチしたら、全員解放される。また、やり直しだ。制限時間は3時間。
武器として使っていいのは、素手と、さっき配ったダンボール手裏剣だけ。隠れるには、何を使ってもいい。何か質問は?」
「無い」
俺は、シカマルと共に里の東へと来ていた。
ナルトとチョウジが西。キバがブランコ付近で守る役。全て、シカマルが割り振った。理由を聞いたら、明確な答えが返ってきた。
守りは、一番難しい。一人ならともかく二人以上で一斉に来られた時対処するには、力と俊敏さが必要になる。だから、キバが適任だ。
後の組合せは、ナルトが俺を苦手としているので、一緒にできない。チョウジと俺では、不得意と初心者になるのでダメ。よって、この組合せになったそうだ。
意外にも頭の回転がいいシカマルに、俺は正直驚いた。授業中、寝てるイメージしかなかったが、改めねばなるまい。
探しながらそんなことを思っていると、使いにやった蟲が戻ってきた。
他人に見られるとろくな事がないので見つからないように回収し、情報を聞く。
蟲を使っても、ズルではないだろう。なぜなら、これは実戦訓練なのだから。それに、ルールの禁止事項にも無い。
油断はしないが、3時間も要らないだろうと確信する。すでに、4人の位置は把握した。
「シカマル。向こうを探そう」
俺は、シカマルを呼んだ。
結局、1時間もかからない内に4人を捕まえた。
全て俺とシカマルが捕まえたので、ナルトが不満げに頬を膨らませたが。それ以外、特に問題はなかった。
「あと一人か。どうする?」
キバが、構えたまま、誰にともなく言った。
今は、全員ブランコのところに集合している。
「やっぱ定石どおり、2人でここを守って、3人で探すか」
シカマルが、だるそうにしながらも提案した。
皆が頷くと、「じゃ、俺が残るから…」と言っていそいそとブランコを下げている木の下に座り込む。もう動きたくないのだということは明らかだ。
今度は、3人バラバラで探しに出た。
しばらく探したが、見つからない。隠れている気配もない。刻々と時間が過ぎていく中、もう半時でタイムオーバーという時、蟲が知らせてきた。
俺は、その知らせに眉を寄せた。…森の中にいる……?
確か、森の中は範囲外だ。とにかく、俺はそこへと急いだ。

「みつけたぞ」

知らせ通り、そいつは森の中に居た。どういうつもりか知らないが、見つけたからには捕まえて連れて行くのみ。
武器として蟲を使うのはルール違反だ。さりとてオモチャの手裏剣を使う気にはならなかったので、素手で捕らえるしかない。
体術は得意ではなかったが、不得手でもなかった。
まさか見つかるとは思っていなかったらしく、そいつは驚いていた。
「森に隠れるのは、ルール違反だ」
真っ向からそう言うと、そいつは俺を睨んで怒鳴った。
「けっ! なにがルールだ!! 言ったろ。これは実戦訓練だ! ルールなんてねえ!!」
そう言って落ちていた太い棒で殴りかかってきた。
軽く避けながら、仕方がない、と俺も本気を出そうとした、その時。
「やめろっ!!!」
大声が森に響き、棒を振り回していたそいつが、横にふっとんだ。
驚いて見ると、チョウジがそいつと取っ組み合いになっている。
「くそっ。放せ! デブ!!」
「ボクはデブじゃない!! ポッチャリ系だあっ!!!」
等と言い合いながら。
ケンカをしているチョウジを見たのは初めてだ。などと悠長なことを思っていると、チョウジが小さく叫んだ。
はっとすると、チョウジが腕を押さえてうずくまっていた。本気で怪我をさせる気はなかったのだろう、棒を持ったそいつも、呆然としている。
「……………心配ない。軽いすり傷だ」
急いでチョウジに駆け寄り、具合を確かめた。棒がかすれたのだろう。怪我は大したものではなかったが、うっすらと血が滲んできたのでハンカチで縛る。
「……お…オレ、しらねえ……」
ふと、少し震えた声が聞こえた。かと思うと、逃げ出す足音。
だが、逃がさなかった。
すばやく追いつき、腕をつかんで関節をきめて地面に押しつける。
「いってぇ!!」
そいつが叫んだが、力は緩めない。 別に、頭にきたわけではなかったが、無責任で卑怯な態度に、少々不快感を感じた。
「………お前の言う通り、忍の戦いにルールは無い。死ぬか生きるか。殺るか殺られるか、だ。だからお前の違反を咎める気はない。だが…」
少し、力を強めた。悲痛な叫び声を無視して言葉を続ける。
「それは即ち、俺にもルールは効かないということだ。ならば、今、ここで、この腕を折っても、文句はないだろうな」
俺の台詞に、引きつった悲鳴が鳴った。
脅しではなかった。その時、俺は本気で折るつもりだった。
ルールを破ったのはこいつだ。チョウジに怪我を負わせたのもこいつだ。躊躇う理由など、無い。
「ダメだよ! シノ!!」
だが、折ろうとした瞬間、腕をつかまれた。
見ると、チョウジが今にも泣き出しそうな顔で、しかし必死に俺の腕を捕まえている。
「………なぜだ」
そう聞くと、信じられない答えが返ってきた。
「だって…痛いじゃないか……」
俺は、思わずチョウジを凝視した。
「こ…これは、訓練なんでしょ? いくら訓練でも、わざわざ怪我させたりはしないよ! でしょ?
もう、いいじゃない。捕まえたんだし……あ、ほら。時間! 時間も無いし。早く連れて行かなくちゃ!」
必死に捲し立てるチョウジに、気が抜けた。腕を放しても、そいつは顔を真っ青にしてもう逃げだそうとはしなかった。
「………そうだな」
チョウジの言い分ももっともで、自分が知らぬ内に冷静さを欠いていたことに気付いた。
実戦訓練とは名ばかりの、たかが遊びだ。殴りかかられたくらいでムキになるなど、どうかしていた。
結局は、時間ギリギリでそいつを連れて行き、勝利に終わった。


「…………あの頃なら、棒を振り回す相手に飛び掛かるのは、勇気がいっただろう。それに、情けをかける優しさもある。俺は、それ以来チョウジの強くて優しい面を認識していた」
少しだけだが。と淡々と語られた、自身の知らない思い出話に、シカマルは頭を抱えた。
シノは気付いていないようだが。それは、間違いなく、棒きれで襲われたからではなくて、チョウジが傷つけられたことに対してシノが取った行動を物語っていた。
よもや、チョウジに嫉妬心を抱くことになろうとは……。と、シカマルは大きく溜め息を吐いた。
「どうした……?」
シカマルの心中など、きっと説明してもわからないであろうシノが首を傾げる。
「いや…なんでもねぇ……。そういや、あいつ怪我してたよな。ハンカチ…あれ、おまえのだったのか。確か、チョウジの奴は木に擦ったとか言ってたような気がすっけど」
「騒ぎにしないために、内緒にしようと約束した。……まあ、もう時効だろう」
思い出してきた記憶を頼りに言うシカマルに、シノは更に追い打ちをかけた。
内緒って…。約束って…。そんなネガティブ思考を振り払い、シカマルは話題を変える。
「あ~。なんか思い出してきた。確かに、最後に捕まえられた奴、ひっでー顔してたような。真っ青で、幽霊みてぇな…あれ、誰だっけ?」
だが、シノも覚えていないと言った。
今頃、どうしているのだろう。散々馬鹿にしたチョウジやナルトに先を越され、それは悔しがっただろうな。等と思っていると、シノが徐に口を開く。
「まあ、あの一件で証明できたこともあったし。訓練としては物足りなかったが、それなりに良い体験になった」
「…………証明?」
シカマルが聞くと、シノは驚くべき事を返してきた。
「子供のケンカを止めるには、ジャンケンに等しく、遊びで決着をつけるのが効果的だという証明だ」
シカマルは、目を見開いてシノを見、今の言葉を理解するために明晰な頭脳を回転させる。すると、とんでもない筋書きが浮かんできた。
「…それは……まさか………」
自分の頭が導き出した結論に、シカマルは絶句する。
「おま……それってつまり…全部、お前の計算だったって、ことか…?」
信じられない、というようなシカマルの問いに、不思議そうに返すシノ。
「なんだ。気付いていなかったのか? 俺は、てっきり気付いているものだと思っていたが」
なんということだ。とシカマルは再び頭を抱えた。
しかし、確かに結果だけを見れば、明らかだ。
もともと、事の発端は「ナルトが忍者ごっこを断られたこと」そして「チョウジが馬鹿にされたこと」だった。
キバナルトの口喧嘩と、シノの出現によって有耶無耶になっていたが。
5対5で忍者ごっこをしたことで、「ナルトも、キバも忍者ごっこをする」ことができ、且つ「勝ったことでチョウジの汚名返上」も成されたのだ。
これが全て、シノの計算だったなんて…。
「同数でやる遊びがケンカの原因で、そこに5人と5人がいた。やろうと言い出せば、ああなるのは必然だ。後は勝ちさえすれば良かった」
全て丸く収まるだろう。と頷くシノを見て、シカマルは思わず自分の事を棚に上げて呟いた。
「シノ…。お前って、怖ろしい奴だな………」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき
シカシノチョというわけではありませんが、シノとチョウジはなかなか面白いコンビではないかと。わたしは好きです。
シュノーケルが歌う「波風サテライト」のオープニングでも、二人並んでましたよね。
でも、飽くまでシカシノほのぼのということで。












(07/1/26)