金と蒼と
最悪だ……。
ナルトは、普段クジ運は良いのだが、この時ばかりは自分の運の悪さを呪った。
今日は同期7班8班10班の合同演習。
内容は二人一組(調整のため赤丸含む)で、森に生える風鈴草という花を摘んでくること。
そして組合せは、くじ引きだったのだが……。
「よりによって、シノとなんて…」
ナルトは、自分の引いた3の数字が書かれた紙を睨みつけた。
眼力で変わってくれれば歌って踊り出す程嬉しいのだが、そんなはずもなく。大袈裟に、溜め息をついた。
結局、シカマル・ヒナタ、キバ・サスケ、シノ・ナルト、チョウジ・赤丸、いの・サクラの組合せに決まった。
見事にバラバラだが、それが目的だったらしく担当上忍達は満足そう。
不満足なのは、ナルトをはじめサクラといの、キバとサスケだ。
サクラとイノは「サスケくんと組みたかったのにぃ!」と口喧嘩をおっぱじめ、
キバとサスケはあからさまにお互い顔を合わさず、キバはチョウジに「赤丸喰ったら殺す!」と怒鳴っている。
ついでに言えば、シカマルはそんな様子を眺めて「メンドクセェ」と呟き、その横でヒナタは狼狽え、
チョウジはキバの怒声をきれいに聞き流してマイペースにお菓子を頬張っている。
そして、シノは…。
ちらり、とナルトは隣に佇む奴を見た。
相変わらず、何を考えているかわからない。
身長差から、立てられた襟で顔の半分は見えないし、その上もサングラスで隠されて、まったく見えないと言ってもいい。
ナルトは、往生際悪くう゛~と唸った。
今思えば、キバはよくこんな訳わからない奴と一緒にやれてるな、と心底思う。
だが、嫌いというのとは、違うのだ。
サスケに対するライバル心とも、キバに対する同類嫌悪とも、虫唾の走る気にいら無さとも、違う。苦手なのだ。とてつもなく。
昔から嫌われ怒られていたせいか、良くも悪くも感情をぶつけられることに慣れている。
だから、シノのように感情を露わにしない奴は、どうしていいかわからない。
ぶつけられるのは端的で的確な正論のみ。
対応にほとほと困るし、本人も応答を期待していない様だし。
ナルトは、もう一度大きく溜め息を吐いた。
「次、ナルト・シノチーム!!」
カカシの号令が聞こえてくる。
ナルトが悶々と考えている間に、シカマルヒナタ、キバサスケはもう出発していたらしい。
「ナルト、行くぞ」
ふいに沈黙を破り、シノが言った。
そう言えば、今日始めて聞いたシノの声だ。などど思いながら、ナルトはやけくそで応えた。
「おうっ!!」
演習というからには、ただ花を探すだけでは勿論無く。
森の中には、上忍達により様々な罠が仕掛けられていた。
「……ナルト、もう少し慎重に進め」
シノが、悠然と構えながら、ナルトに言う。
ナルトはぜいぜいと息を切らしながら「わ、わかってる…ってばよ…」と声を絞り出した。
演習が開始されて既に1時間。逆に言えば、まだ1時間だ。
その時間の中で、ナルトはひたすら罠に掛かってはシノに救われていた。
ナルトだって、単純なトラップくらいは避けられるのだが、裏をかかれた物には見事に引っ掛かってしまうのだ。
2重、時には3重に仕掛けられた罠に、もう10以上掛かっていた。
「くそっ、シノ!お前はなんで引っ掛からないんだってばよっ!!」
全く平然としているシノに腹が立ってきて、ナルトが怒鳴った。
突然向けられた謂れのない怒りに少々眉を寄せたシノだったが、こういうことはキバで慣れたのか、別段気にした様子もなく淡々と応える。
「なぜなら、俺は、一つトラップを発見した後その周辺にも仕掛けられていることを想定して慎重に動いているからだ」
至極最もな答えを返され、ナルトはシノを睨んだまま押し黙った。
「お前は、安心するのが早すぎる。前へ進むことよりも、トラップを回避することを優先させるべきだ」
「わかってるってばっ!!!」
付け加えられた忠告に、ナルトはむすっとしてずんずんと歩き出した。
「………」
言ってるそばからこれだ、とシノは小さく息を吐いた。
その時、ふいに身体の中の蟲がざわめき警告を発する。
背後から流れ込んで来た強い追い風に、息を詰める。
「ナルト!!」
「へっ…?」
シノは足にチャクラを集めてナルトに一瞬で追いつくと、横の木陰に突き飛ばした。
それと同時に凄まじい轟音が耳をつんざき、前方から爆風が衝撃波のように襲いかかる。
「うっ……ぷ…っ………!…な、なんだ!?」
吹き飛ばされ、泥にべっちゃりと突っ込んでしまったナルトが、素っ頓狂な声を上げた。
顔を上げると、目の前の木が衝撃をやわらげてくれたことがわかった。瞬間、血の気が失せる。
「シノっ!?」
慌てて探せば、それ程離れていない木の根元に座り込み、顔を伏せている姿を見つけた。
「シノ!大丈夫か!?」
「……ああ、平気だ」
そうは言う物の、一向に顔を上げようとしない。
「でもよ…」
「だから、言ったのだ。……もっと慎重に、なれ、と」
まだ物言いたげなナルトに、シノは顔を片手で覆いながら、それを遮って言った。
またむっとしたのか、ナルトが沈黙する。
「…風をしのげる洞穴か洞窟を見つけてこい」
唐突に、シノが言う。それに反抗する様にナルトは口を尖らせた。
「なんで…」
「早くしろ!」
珍しく語気を荒げたシノに、ナルトは驚いた。
シノに感情をぶつけられたのは、初めてだ。
ナルトは、暫し目を丸くして固まっていたが、その後漸くわかったと言ってその場を後にした。
それから10分と経たないうちに、もの凄い突風が吹き始めた。
雨は無いが、嵐と言っていいだろう。
「こうなるって、わかってたのか?」
近くにあった洞穴の中で、外に目を向けてナルトは感心した様に言った。
避難して数分でこの風だ。外にいたら、演習どころではなかっただろう。
「先程の爆風は、この風の前触れだ。森の先に穴の空いた岩壁があり、時期と時間によってそこから強風が発生する。
だが、そう長くはない。30分もあれば止むはずだ」
淡々と語っているが、シノは未だ手で顔を覆ったままだ。否。正確には目を覆ったまま。
洞穴を見つけたと知らせに戻った時、ナルトはシノのサングラスが吹き飛ばされた事を知った。
本人の言う通り外傷は無かったのだが、目を開けた瞬間、光にやられたらしい。
「シノの目って、光に弱かったんだな」
「……他に、サングラスを終始つける理由があるか」
突っ慳貪な返事に、一々むっとする。
やはり苦手だと、改めて思った。
「油女一族は、その秘術故に、あまり光を好まない」
珍しいことに、シノの方が一瞬の沈黙を破り言った。
「秘術って…蟲のことか?」
「そうだ。寄壊虫は巣の中に光が入ることを嫌う。なぜなら、光には紫外線や赤外線といった有害となる波長のものがあるからだ」
ナルトは、シノが躊躇いもなく自分の身体を「巣」と称したことに口を噤んだ。
「……ナルト?」
シノが、少し困惑した声をあげた。
ナルトが静かになったからではない。ずいっと、接近してきた気配がしたからだ。
顔を近付かせることは、何とも思わない。
言い聞かせるために自身からそうすることもあった。
だが、今は困るのだ。今は…。
「……シノ。目、見せろってばよ」
随分近くからするナルトの声に、眉を寄せる。
「断る」
「なんでだよ」
ナルトが、目を隠した手をどけようと、シノの手首をつかんだ。
「……なぜなら…お前の金髪は………眩しすぎるからだ」
「はぁ…!?」
思いも寄らぬ回答に、ナルトは目を瞠った。
「二度も言うのは、嫌いだ。白や黄色系の色は、光の反射が大きすぎるのだ」
文句有るか、と言わんばかりに少しくぐもった声でシノは言った。
「へ…ぇ……」
ナルトは納得しかけだが、ふと思いとどまる。
今、風の影響でほとんど陽は射していない。しかも洞穴の中だ。
反射する光そのものが少ないのだから、問題ないのではないか…。
そう思い至って、ナルトはにやりと不敵な笑みを零した。
力ずくより、もっと良い方法を思いついたのだ。
シノの手首をつかんでいた手を離し、代わりにそっと両手を構える。そして…。
「お、おいっ!ナル…!?」
分厚いジャケットの下に潜り込ませて擽ってみると、予想以上に大きな反応。
思惑通りナルトの悪戯な両手を押さえるために手が離れたため、ナルトの蒼い目とシノの目がバッチリと合った。
綺麗な、透き通った琥珀色の眼。
「はぁ~…きれーな目…」
そう呟かれた感想にはっとして、シノは慌てて顔を伏せた。
「もっと見せろって~!」
「断る」
「いいじゃんか、眩しくなかったろ~?」
「嫌だ」
無邪気に強請ってくるナルトから、顔を反らせて逃げるシノ。
頑なに拒むシノに、ナルトはぶうっと頬を膨らませた。
「なんでだってばよ~」
「…………」
いつもなら、問われたことには簡潔に答えるシノだが、これだけは言えなかった。
普段モノトーンで見慣れている世界が、色彩に彩られた鮮やかな世界に一変するのは、どうにも慣れなかった。
特に先程のナルトは、あまりに新鮮すぎたのだ。
美しい金色の髪と澄んだ蒼い瞳。
思わずドキリとしてしまう程、綺麗な世界。
これ以上、直視できなかった。が、そんなことを言えるはずもない。
「いい加減にしろ」
なあなあと詰め寄ってくるナルトを押し返し、シノは額あてを目元まで下げた。
押さえられていた髪が重力に従って落ちてくる。
「シノの髪って、意外と長いんだな!」
ナルトはそう言うと、懲りずに今度は髪に触れてきた。
「やめろ」
シノは、額あてで隠れて見えなくなった眉間に目一杯皺を寄せ、抗議した。
外から聞こえてくる風の音が、弱まってきたことがわかる。
「そんなことより、そろそろ風が止む。これからどう風鈴草を探すかを考えなければ……」
「それなら、心配いらないってばよ」
「……なに………?」
ナルトに遊ばれている状況からなんとか抜け出そうとシノは言ったが、あっさりとかわされてしまった。
「シノは目隠ししてたから気づかなかったかもしんねーけど。この洞穴の奥に、咲いてんだ」
「!」
その台詞に、思わず額あてをずらして洞穴の奥を見た。
目を凝らすと、確かに、事前に知らされた特徴に合致する花がこじんまりと3本咲いている。
シノの記憶と照らし合わせてみても、間違いなく風鈴草だ。
「あれってば、どことなくゆで卵に似てるだろ?茎も麺みてーで、ラーメンみたいだったから、すぐわかったんだ!」
自慢げに言うナルトに対し、シノにはどこをどうしたらそう見えるのかわからなかったが、ともかく風鈴草であることに違いはない。
「では、風が止んだらお前が持っていけ。俺は後から蟲を使って……」
言いながらナルトの方を向いて、シノははっとした。
再び直視してしまった世界に、息を呑む。
ナルトはナルトで、ドキドキしていた。
なぜか、琥珀の眼がさっきよりも透き通っている気がする。
まるでその中に吸い込まれてしまいそうだ、と。
ずっと苦手だったシノに、今とても惹かれている事実をナルトは自覚していなかったが、それでも体は動いた。
もともと、考えるよりも行動が先立つ質だ。
もっとよく見たい。
その思いに従って、ナルトはシノの顎に手を添えて、鼻先が触れ合う程ずいっと顔を近づけた。
無感情と思っていたシノから、瞳が露わになっただけではっきりとした動揺が伝わってくる。
体が、瞬きも出来ない程緊張し、硬直しているのもわかる。
「…………」
「…………」
ナルトもシノも、暫く目を奪われたままの体勢で止まっていたが、「ワン、ワンッ」と甲高い鳴き声に我に返った。
反射的に、互いに互いを押してばっと離れる。
気付けば風はすっかり止んでいて、光が射し始めていた。
シノは手をかざして再び光を遮った。
「赤丸の声だ……おそらく、チョウジが付近に来たのだろう。…ナルト、お前は戻れ」
淡々とした声はまるで何事も無かったかの様で、実際シノは、すでに冷静さを取り戻していた。
だが、赤丸の鳴き声がするまでの異様な緊張は、事実だった。
「………お…おう……」
ナルトは、自分がしていた事にパニックに陥りながらも冷静なシノの声になんとか応え、花を摘んでそそくさと洞穴を抜け出すと、一目散に駆け戻る。
来る時、あれ程引っ掛かった罠に一つも掛からない。
おそらく強風で大半が使い物にならなくなったのだろうが、そんなことを考える余裕はなかった。
「な………なんなんだってばよ…さっきの! わっけわかんねー!!」
戸惑いをそのままに、ナルトは思いの丈を盛大に叫んでいた。
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あとがき
以前書いたものを、誕生日に向けてアップさせていただきました。
ナルシノ……シノナルじゃなくて、ナルシノ!
これって、どうなんでしょうね? マイナーの中のマイナー。
一応誕生日企画含め3つは有るので。
その後は、反響と気まぐれで書いていきたいと思います。
それにしても…。
ナルトって、キバ以上に攻めにならないんですね。
とは言え、ナルト受けも書けませんが。
ナルサスとかナル我とか、攻めで書ける人は凄いと思いました…。
………ともかくこの天然コンビ。
ウケませんかねぇ…?
(07/9/30)