※金と蒼と、の続きです。




料理教室


「ナルト。ラーメンばっか食べてないで、野菜も食べなさーい」
「嫌だってばよ。不味いんだもん!」
7班と8班の合同任務の昼食時。
カカシが持ってきた生野菜を前に、ナルトは大きく頭を振った。
しっかとカップラーメンを抱え、嫌がる様子からは本当に野菜が嫌いだと窺える。
「ご愁傷様…」
ぼそりとキバは呟き、明らかな同情の視線を送る。
キバも野菜はあまり好きではなく、シノにしつこく説教され、根負けして必ず弁当には野菜が入ることになったのだ。
ヒナタもまた違った意味でナルトに同情の眼差しを向け、紅は無視を決め込み、流石に7班は慣れているのかさらりと流している。
そしてキバに説教したシノは、いつも通りの無表情でただただその様子を眺めていた。


それから数日後。
突如として訪れた訪問者に、ナルトは驚愕した。
「シ…シノ…!?」
だが玄関先に立ったシノはナルトの驚いた顔にも全く動じず、挨拶代わりに小さく頭を下げる。
合同演習以来、ナルトは意識的にシノを避けていた。
あの時の事を思い出す度に心臓がバクバクと鳴って堪らなくなる。
そして、またあの瞳を見たいと思う反面、もしまた見たらと思うと何故か怖しくなるからだ。
しかしそんなナルトの葛藤を余所に、シノは淡々としたもので。
「な、なな、なんか用か…?」
「時間はあるか」
明らかに動揺した声で問うナルトに、端的に問い返す。
ナルトは、そんな態度のシノに、自分の苦悩も知らず何だ此奴はと不条理な怒りが込み上げてきて、態と突っ慳貪な態度に出た。
「あるけど、それがどうしたってばよ…」
急に不機嫌になったナルトの態度にシノが小さく首を傾げる。
その、心底不思議そうな仕草に、益々苛立つ。
「だから、何なんだって!」
声を荒げれば、シノは暫しナルトの様子をじっと見てから、きっぱりと言った。

「………お前に、野菜の調理法を教えてやる」

「…………………は……?」
あまりに突飛な台詞と尊大な態度に、イライラも吹っ飛んだ。
わけの分からない奴と思っていたが、これ程脈絡のない奴だったとは…。
しかし、見れば確かに野菜の入った袋を持っている。
本気らしい。
「い…いや!い、いいってばよ!!」
慌てて断るが、シノは首を横に振った。
「ラーメンだけでは、栄養が偏り体に悪い。それに、お前は火影になるのだろう?
ならば、子供たちの見本となる様に野菜も食せなければならない。違うか」
きっぱりと言い放たれる正論に、ナルトは言葉を詰まらせる。
真っ直ぐに見つめてくるサングラス越しの視線に、ついに、折れた。


許可を得て家に上がると、シノは台所の惨事を見て眉を寄せた。
あるのはラーメンのカップや調味料、牛乳のパックぐらいで、料理の痕跡がまるで無い。
「お前は、料理をしないのか」
「だって、料理なんてやり方しらないしさ~」
少しいじけたような口調に、シノはナルトを見た。
確か、ナルトは両親ともにいなかったはずだ。
それならば、料理をし、ご飯を作る親の姿を知らないのだからこういう生活になるのも無理はないのかもしれない。
「ならば、尚更だ。この際、方法を覚えた方が良い」
ナルトから再び台所に視線を戻し、シノは言った。そして今度はナルトがシノを見上げる。
「……シノって、料理できんのか?」
そう言えば、と今更聞いてみる。意外といえば、意外だ。
油女一族の末裔…ナルトのイメージでは、いいとこの坊っちゃんだ。
サバイバル中ならともかく、家庭料理などは人任せでもおかしくない。
それになにより、キャラに合わない。
しかしシノは、それに答えることなく持ってきた袋をテーブルに置いてガサガサと中を漁りだした。
なんだ、と思って見ていると、四角い弁当箱が出てくる。黒い、漆塗りの立派なやつ。それを無言でナルトに差し出した。
「?」
不思議に思いながらナルトが開けると、美味しそうな匂いがふわりとする。
「うまそー!!」
見ても美味しそうな、炊き込みご飯だ。
「簡単なものなら、作れる」
「って、これお前がつくったのか!?」
こくんと頷くのを見て、目を瞠る。
「基本的に、弁当は自分で作る。それが家でのきまりだ。本格的なものも、たまに作る。……勿論、母上に教えてもらってだが…」
淡々とした口調が、最後僅かに小さくなったが、ナルトは気付かず満面の笑みを作った。
「すっげーな! ってーか、これ、食っても良いのか!?」
「………ああ…」
親の話をしても全く気にしていない様子のナルトにシノは安心して僅かに空気を和ませる。
そして、意気揚々とテーブルにつき遠慮無く炊き込みご飯を頬張ったナルトに、シノは言った。
「それには、10種類の野菜が入っている」
「…う……ぐ…っ、ぇえ!?」
ナルトが突然言われた衝撃的な事実に一瞬喉に詰まらせる。
「10…!? で、でも美味いってばよ!?」
「調理の仕方によって美味くなる、ということだ。なにも野菜は生で食べるだけのものではない」
へー、すげーと感心するナルト。シノも表には出さないが、ほんのりと嬉しさが込み上げた。
「簡単だからな。今日はそれを教える。まずは台所を片づけたいのだが、いいか」
「ん…? お、おう。あ、俺も手伝う!」
「食ってからで良い。昼飯まだなんだろう」
「あ~………朝もまだ…」
「………」




こうして始まった料理教室も、一ヶ月が過ぎた頃。
「なあ、シノ。どうして俺にこんなことしてくれる気になったんだ?」
ナルトは、シノに唐突に尋ねた。
料理教室は任務が入らなければ週に一度は行われていて、その都度材料はシノが調達してきてくれるし、生真面目にわかりやすいレシピまで書いてくる。
嬉しいのだが、ナルトには不思議でしかたがなかったのだ。
今日はロールキャベツの作り方を教えてもらっていたが、今は茹で上がるのを待つ段階なので二人は向かい合わせでテーブルについていた。
「………お前の体は、お前だけの物ではない」
ナルトの問に、シノはぼそりと答えた。
昨晩遅くに任務から帰ってきたらしく、今日はいつも以上にテンションが低い。眠いのだろう。
ナルトはその眠気を邪魔する様に音量を上げた。
「……はあ…?? どーゆー意味だってばよ!?」
するとシノは舟を漕ぎそうになる頭を持ち上げて、ナルトを見やる。
声と態度と表情全てで「?」と表現するナルトに、シノは怠そうに言った。
「お前は、一人ではない…。仲間がいる。お前に何かあれば、影響を受ける者たちだ。お前の体はお前だけの物ではないとは、そういう意味だ。
だから、その者たちのためにももっと健康に気を使うべきだと思った」
解ったか、というようにシノはナルトに視線を向ける。
その視線を受けてからも、ナルトは暫く理解するのに苦労したが、なんとか解った。
つまり、仲間に心配をかけるな、と言いたいのだろう。
解ったのはいいのだけれど…。
なんだか、腑に落ちない。


ピピピピッと、シノの持参したキッチンタイマーが鳴り時間を知らせる。
火を止めるために、シノがゆらりと立ち上がり、覚束無い足取りで台所へと向かって行く。
その後ろ姿を目で追いながら、ナルトは思った。


シノの言い草は、まるで自分は「仲間」に含まれていないようだった。
ハブにされるとすぐ拗ねるくせに。
自分もその仲間の一人であることを、実は一番わかってないんじゃないだろうか。


「なあシノ」
「…なんだ」
ナルトも台所に踏み入ってシノを呼ぶと、早々と火を止めて鍋を覗き込んでいたシノが無愛想に顔を上げる。
サングラス越しに真っ直ぐ見つめられて、ナルトは少し気まずそうにぽりぽりと頬を掻いてから、ぼそっと言った。
「お前も、俺の大事な仲間だからな?」
一瞬ぽかんと呆気に取られたようなシノに、一回むぅと眉を寄せてから、開き直ったように手を頭の後ろに組んで、にかっと笑顔を作ってみせる。
「だからさ、俺、お前のために野菜食うってばよ! 絶対! 約束だ!!」
「………あ……ああ…」
突然のナルトの意気込みに呆気に取られながら言うシノ。
だが、次の瞬間はっとして「あ、でも、ピーマンは……例外ってことで………」
と声と態度を萎ませていくナルトに、思わず口元が綻んだ。
その瞬間を目撃したナルトの目が、大きく見開かれる。
そしてぱちぱちと数度瞬きをしてから、思い出したように声が上がった。
「シ…シノが微笑った!?」
素っ頓狂な声に、シノの貴重な笑顔がすっと消える。
「も、も、もう一度! 笑えってばよ!」
「断る」
「頼む! お願い! もう一回!!」
縋りつき駄々をこねるナルトに、顔には表さないが、十分に楽しさを感じながら、
シノはこれ以上味が染みこまないうちにとロールキャベツを鍋から掬った。





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あとがき
思ったよりアップが遅くなりました、ナルシノ第2弾。
昔書いたものをそのまま載せるつもりが、思った以上に支離滅裂で、手直しどころか大幅に書き直す事になりました…。
……まあ、言い訳はこの程度にして。
野菜嫌いのナルトと野菜好きのシノ(イメージ)。そこから妄想した料理教室です。
台所に並ぶシノとナルトの画が仲睦まじく思えるのは私だけでしょうか…。
文句を言いながらもシノのお手伝いをするナルトとか……。
ナルトの危なっかしい包丁の使い方に内心はらはらするシノとか………(キバとかは普通にできそうだから)。
……なんだかどんどんマニアックになってくるな…自分……。
野菜といえばこの前、シノの好物に挙げられている「とうがん」を食べてみました。
ずっと「とうがん」って何だろうと思っていたのですが、スーパーで見つけて、野菜だったのかと初めて知りました。
茹でてみれば歯ごたえ無くて。ホントにキバとシノって正反対なんだな~としみじみ思いました。


以下、「笑うシノ」を見た方はどうぞ。

ナルトとシノの話をしますと、実は私がシノ好きになってからはじめてまともに見たアニメは『笑うシノ』でした。
あの、波乱を呼んだ一話です。
それまでは、尾行虫探しとかも見てはいましたが、別段シノを意識していませんでした。
それが、意識しだした途端アレですから…まいりました(笑)
まあ、個人的に嫌いな話ではないのですが。
画はちょっと………ですが、どんな状況に陥ろうとも任務は確実にこなすシノの姿に、
「矢っ張りコイツ良い!」と惚れ直したものです…。
そして最後のトドメが、「忘れろ。絶対に忘れろ」とナルトに釘を刺すシーン。
ツボにはまって、その後10日間は思い出し笑いをして大変でした。
恰好の嘲笑の的になりそうな情報を、たった二言で完璧に封じ込めるなんてことが出来るのは、シノしかいないでしょう!
そしてあの効果音! 忘れる以外の選択肢は無い。
誰かに言おうものなら、ナルト、マジで殺されるぞ。と思いましたね。
しかも「わかったってばよ…」「……ならいい」――――――――って!!!
いいのか? いいのか?? それでいいのか!?
………シノの懐の奥深さに、感激を通り越して爆笑しました。
あれは、色々この世のものとは思えない話でしたが、(画以外は)好きです。
ナルトとシノのツーショットも、この時面白いなと思いました。
その面白さを、私の文では全然再現出来ていませんが;
あんな天然コンビを書いてみたいものです。












(07/10/8)