サマー・ヴァケイション

正に炎天下というに相応しく、じりじりと焦がれた地面と空気が揺らめいている。
その中を歩く者にとっては、灼熱地獄と言っても過言ではない。
逃げ水を追う気力も奪われ、日陰に逃げ込もうにも真上から降り注ぐ陽射しに陰も身を潜めているらしい。
その上ジリジリジリジリジリと蝉たちの大合唱は容赦なく、堪ったものではない。
「あ゛ああぁぁぁぁぁち゛いぃぃぃぃぃぃ!!!!」
我慢の限界を迎えた者が、ここにも一人。
ノースリーブの真っ白なシャツをばたばたと扇いで、犬の様に舌を出してあちーあちーを繰り返す。
その足下では、トコトコと歩く相棒も舌を出してヘッヘッと体温調節に忙しそうだ。
「………………暑いと言うから、余計暑くなるんだ……」
右隣から不意に発せられた音声は、暑さに関わらず随分涼しげで、キバは思わず睨み付けた。
「寒ぃっつても暑いだろうが。っつーか、お前、暑くねーのかよ。その服! 見てるこっちが暑苦しい!!」
歯に衣着せぬキバの言葉に、シノは眉を寄せた。
キバの服装は、白のノースリーブに短パンという、夏に相応しい格好。
対してシノは、いつもの上着ではないものの、やはり襟の立った黒の長袖にスラックス。
軽快さが減り、加えて羽織ったパーカーの帽子を目深に被っている分、いつもより余計厚着に見える。
「……日除けだ。直射日光は肌に悪い」
「お前は女かっ!!」
そんなやり取りをくすくすと笑いながら見守っているのは、キバの左隣を歩いているヒナタだ。
ヒナタの格好は、桜色のワンピースに七分丈のズボンという夏に見合った格好。
ついでに被っている麦わら帽子が、とても似合っている。
「おい、笑ってねーで、ヒナタも言ってやれよ。暑苦しいだろ! つーか変だろ! どう見ても!」
突然話を振られて、ヒナタは「えっ?!」と吃驚してキバとシノを見る。
「あ…えっと……その…シ、シノくんがいいなら…いいんじゃ、ない、かな……」
吃驚しつつも意見を述べれば、キバが「ちぇ」と口を尖らせたので、ヒナタは狼狽えた。
しかしそんなヒナタから視線を外して正面に向き直ると、途端にキバの表情が明るくなる。
何かとシノとヒナタが見れば、そこには駄菓子屋。
「アイス食おうぜ!!」
二人の合意を得る間もなく、アイスアイス! と駆けていくキバ。その後ろに、赤丸も続く。
「………あいつが一番暑苦しい……」
ぼそりと呟かれたシノの言葉に、ヒナタがくすりと笑いを零した。


シノとヒナタが駄菓子屋に着く頃には、キバは既にアイスを購入して白い塗料の剥がれた、店先のおんぼろ椅子に座っていた。足下では、器を借りて赤丸が冷水を飲んでいる。
「お前らも買って来いよ!」
喜々としてアイスを頬張るキバに、シノとヒナタも薄暗い駄菓子屋の中に入って隅っこで稼動する白いアイスボックスを覗き込んだ。
結局、シノはキバと同じ種類のソーダ味、ヒナタはカップに入った氷苺を購入した。ちなみにキバは、コーラ味。
変わらぬ並びで椅子に腰掛け、三人はアイスを食べる。


ミンミンミンミーンと蝉の大合唱が遠くに聞こえ、張り出した陽射し避けの影が色濃く地面に刻み込まれ、店の中の扇風機の僅かな風に風鈴がちりぃ~んと鳴る。
「夏、だね……」
ぽつりと、ヒナタが言った。
「夏だな」
「アゥンッ」
既に衣の無くなったアイス棒を銜えながら口角を上げてキバがヒナタに賛同すると、赤丸も同意を示す。
「………」
シノはただ黙って、既に溶け始めたアイスの下角をしゃくっと口に含んだ。
「でも、あっちー!」
夏の美観に酔いしれたのも束の間。キバが再び舌を出す。
赤丸も、ヘッヘッと舌を出した。
その様子に、ヒナタは笑みを零す。
「俺もう一本買ってくっかな~。赤丸。お前もいるか?」
キバが背を丸めて問えば、赤丸は尻尾を振って一声で返事を返す。
「おし。んじゃ、ちょっと買って…」
「キバ」
「んあ…?」
砂利を踏み立ち上がったキバが、突然呼び止められて振り向けば、いつの間にか完食したシノがアイスの棒を差し出している。
「同種でいいなら、やる。使え」
「ん…??」
何だと受け取ってよくよく見れば、その小さく薄い木の棒に焦げ茶の文字が印字されている。
それは、本当にあるのか疑いたくなる程滅多に出ない、当たり棒。
「あ、シノくん当たったんだ」
ヒナタがそれを見て言えば、シノは小さく頷いた。
「なに。これ、俺使っていいのか?」
「ああ。俺は要らない」
普段と変わらない淡々とした声と態度で応えるシノに、キバはにぱっと笑顔を作る。
「サンキュウ! シノ!」
「アウゥ、アンッ!」
と、キバが嬉しそうにしたからか、赤丸もシノを見上げて嬉しそうに吠え、尻尾を振る。
二人の素直なお礼に、シノは微か居心地悪そうに眉を寄せ視線を反らせたが、些細すぎるそんな照れた態度に気付く者は無く、
キバと赤丸は共に店へと駆け込み、その後ろ姿をヒナタがにこにこと見送っていた。


外の照り付ける目映さと対照的な薄暗い店の中に入ると、キバは一直線にアイスボックスの前に行きガラス窓を引き開けた。
ひんやりとした冷気がとても心地良い。
ちょっと冷気に当たってから、キバはシノが食べていたソーダ味を取り出す。
同種ならば特に味は限定されていないようだが、コーラはさっき食べたし、他の種類も見当たらないので、そういう選択になるのは当然だ。
「ばあさん、これ! それから冷やもう一本!」
扇風機の前に座っているおばあさんに元気よく声を掛けると、しわくちゃな顔に更に皺を深めて可愛らしい笑みを刻み込む。
そしてゆっっっくりと自分の後ろにあるガラスケースを開けてキンキンに冷えた水のペットボトルを取り出す。
その間キバは、早くしろよと言いたい気持ちを堪えながら、当たり棒をくるくると指で弄んでいた。
その内に、ふと思う。
シノがくれた、アイスの当たり棒。
実は、すごく貴重なんではなかろうか。
そんなことを考えていると、再びゆっっくりとした動作で、漸くおばあさんが水を差し出してきた。
「どーも! あ…っと、これ…」
差し出された水を受け取ると、キバは慌てて持っていた当たり棒を渡そうと手を出しかけた。が、その手をピタと止める。
「………」
何か、使うのが勿体ないというか、惜しい気がした。
「当たったのかぇ?」
「え…あ、ああ…」
のんびりと尋ねるおばあさんに、キバはちょっと躊躇ってから、手に持った当たり棒を一回指で回して手の中に握り込める。
その足下で、赤丸がキバを見上げて不思議そうに首を傾げた。
「……いや。ええっと…2つで、いくらだっけ?」
ぎこちなく笑ってから、握ったそれをポケットに仕舞って、財布に手を掛けた。


ガラガラとガラス戸を引き開けると、再び蝉の鳴き声のシャワーが降り注ぎ、熱気に身を包まれる。
ミンミンゼミだかアブラゼミだか知らないが、容赦のない蝉の声が一層増した気がする。
キバがいなくなってポッカリ空いた席を詰めることもなく、ヒナタとシノは一人分の距離をおいて変わらずに座っていた。
ただ、ヒナタが食べていた氷苺のカップの姿は消えていたが。
そんな様子を認識しつつ、キバはすっかり乾いた水皿に水を注ぐ。
「良し」と赤丸に許可すると、嬉しそうに再びピチャピチャと水を飲み始めた。
自分もとアイスの封を切ると、もう溶け始めている。
顔を顰めて見上げれば、真っ青な空。
ソーダと同じ色だななどと思いながら、シャクリとアイスにかぶりつく。
「キバ。座らないのか」
「ん…?ああ…」
シノに言われて、キバは当然のように空いた席にどかっと腰を下ろした。

溶ける前にとアイスへ向かうキバにしゃべる余裕もなく、そしてキバさえしゃべらなければこの班は静かなものだ。
キバの咀嚼音と、蝉の声と、時折蚊の鳴くような風鈴の音。
実音ではないが、じりじりと焦がれる音やサンサンと照り付ける陽の音までも聞こえそうなくらい。
ちらとヒナタを見れば、麦わら帽子を脱いで軽くぱたぱたと扇いでいる。
シノを窺えば、服装は暑そうだがやはり涼しげで、微動だにせずどこかを一心に見つめている。
何を見ているのかと黒眼鏡に隠された視線を追うも、わからなかった。
ただ。
ただ、なんとなく。
心ここにあらずなのが、気に食わなかった。
キバは最後の一口を飲み込んで、前振り無く唐突に立ち上がった。
吃驚してキバを見上げるヒナタと赤丸。そしてゆっくりとキバに顔を向けるシノ。
赤丸の水皿も既に空に等しい。
「そろそろ、行くか」
「あ、う、うん!」
キバの言葉に慌てて麦わら帽子を被るヒナタに、借りた水皿を銜えておばあさんに返しに向かう赤丸。
シノは、無言のまま静かに立ち上がる。
赤丸が戻り身支度を整えた3人は再び灼熱地獄の中へと戻っていった。



落ち着いた身体も、直ぐさま太陽に焼かれて元通り。
相変わらずの並びで中央に位置するキバは、ポケットに突っ込んだ手で当たり棒を転がしながら空を仰いだ。
「あっちー!!」
立派な入道雲が浮かび上がる空に、キバの雄叫びが吸い込まれていく。
「…………夏だからな……」
右隣から、ぼそりとそう呟く声が聞こえた。





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あとがき
これでも、一応キバシノのつもり…です。
テストやレポートで暫く書いていなかったから、少々書き方忘れていますが。
しかし。漸く夏休みです。忍には夏休みなんてなさそうですが。
まあ、数日もらえた休暇を一緒に過ごす8班といった感じで。
行き先は不明。
くっきりと刻み込まれる影。
鮮やかな緑碧。風景。
真っ青な空と、見事な白雲。
やっぱり夏はいいなぁ!
そんなことを思いながら家の中で過ごす日々です(笑)












(07/8/14)