桜日和

春爛漫花見の季節。
満開の桜が咲き誇る場所は、連日花見客で賑わっている。
それでも今日は、休日明けということもあってか人はまばらだ。
それも花見というよりは散歩をする人々であり、立ち止まる事はあっても長時間止まる事は無かった。
そのため、散歩中の老人と、犬を連れた親子がいなくなると、一時誰もいなくなった。
この度8班に与えられた任務は『ゴミ拾い』。マナーの悪い花見客が残していったゴミの後始末である。
シノとキバ、ヒナタと赤丸の二手に分かれて始めたゴミ拾いは、2時間を掛けてようやく収拾がつきそうになっていた。
残念な事にマナーの悪い客が多いというのもあるが、それ以上に範囲が広かったため、細かなゴミまで拾っていくと、思った以上に時間が掛かったのである。
それでも、ゴミをまとめ終わると、それこそゴミ一つ無い素晴らしい桜の景色を見る事ができた。
はらはらと降り注ぐ、花びらの雨。
春らしい空の青々とした色合いと淡い桜色の取り合わせが、とても美しい。
だがしかし。シノがそんな景観に見取れられたのは、一瞬のことだった。
「ひゃっほ~っ!!!」
最後のゴミ袋を捨てに行っていたキバが戻って来ると、途端に静けさが吹き飛んでいく。
普通に帰ってくればいいものを、わざわざ樹から樹へと飛んで帰ってくるから迷惑だ。
せっかく綺麗に咲いている花を散らしながらやって来るところなど、情趣の欠片もない。
ガサッと桜の樹を揺らして戻ってきたキバが降り立つと、その上からはハラハラと余計に桜が散っていた。
「ははっ、マジスッゲーよなあ! この桜!」
満開満開! と情趣の欠片もない奴が、それでも綺麗だとは思っているらしい。
ただ、『綺麗』な物を見た時に取る行動が、シノとキバとでは正反対なのである。
キバの場合、静かに眺めるのではなくて騒ぐ方に向かうらしい。
満開の桜という情景に気分はいつも以上に盛り上がり、テンションが高くなっている。
ゴミを拾うために今まではしゃげなかったせいもあるのだろう。
餌を目の前に2時間近く『待て』をさせられていた犬が、ようやく『良し』と許可を得られたようだと、シノは心の中で思った。
そしてその犬は、グチグチぶつぶつゴミを拾っていた時から一変し、喜々として駆け出していた。
思う存分、わたあめの様な桜の樹に飛び込んでいく。
舞い散る桜吹雪が視界を覆い、世界が桜色に染まる。
この世のものとは思えないほど

――――――美しかった。

ドサッと音がして振り向いて見れば、キバが花びらの山にダイビングしていた。
風の吹き溜まりなのか、木の根元のそこには桜の花びらが異常に堆積している。
犬塚ならぬ、桜塚だとシノは思った。
しかし、キバの見方は違ったらしい。
「へへへ、桜の布団だぜ。お前もやってみろよ。ふかふかしてて、スッゲー気持ち良いぞ」
地面に広がっているのが桜の絨毯なら、堆積しているのはクッションの利いた布団というわけだ。
なるほどそういうのも有りか、とシノは思ったが、一緒に寝そべりはしなかった。
布団を掛けるように花びらに埋もれるキバを見ていると、やっぱり塚に見えて仕方ない。
一瞬、このまま――埋葬したまま――置いて行ってしまおうかという考えが頭を過ぎったが、さすがに止めた。
ヒナタと赤丸の方もそろそろ終わっている頃だろう、とふたりの居る方を見る。
花見の場所で酒もつまみも無く、紅先生をこれ以上待たせるのも後々怖いな――。
などと淡々と考えながら、シノは再びキバに目を向けた。
「キバ」
「んあ? 何―――」
起き上がろうとしたキバが、滑ってひっくり返る。
シノは呆れたような眼差を向け、小さく溜め息を吐いてから、仰向けに倒れているキバに手を差し伸べた。


「……ほら、行くぞ」


さわさわと春の風が吹き、大地を、木々を、空を、雲を、そして二人を、優しく撫でて行く。


「……おぅ」


キバが目を細めて手を伸ばした。
触れ合った手を、互いに握る。
シノの手に引かれて、キバは立ち上がった。




はらはらと
桜の花びらが舞い落ちる
ふわりと
春の芳香がそよいだ


本日は晴天

桜日和なり――――。




             *             *             *




数年後

「……ほら、行くぞ」
手を差し伸べ、シノが言う。
桜の花びらの山に仰向けになりながら、キバは昔も同じような事があったなと懐かしさを感じた。
「……おぅ」
そして同じように、その差し伸べられた手に手を伸ばす。
舞い散る桜と清々しい青空を背景に立つシノがやっぱり無表情で、少し可笑しくて、ふと目を細めた。
握ったシノの手に引かれて立ち上がる。
儚く散り逝く桜と言う。
けれど、桜が桜で無くなるわけではない。
花が散れば葉が芽吹き、実を付けて種を残す。
そうして季節が巡ればまた花を咲かせるのだ。
同じではないけれど。
同じように。

ふわりと
春の芳香が懐かしく、キバを通り抜けて行った。





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あとがき
と、いうわけで、新しいTOPは実は数年後の設定でございました(一応)。
キバは中忍になっても、下忍の時と同じようなことをしてそうな気がします。
桜の樹の中を駆け回り飛び回り、たまに滑ったりしてスッ転んだり(笑)
そしてシノは、こう、すっと手を差し伸べる図が似合うと思う。
恰好付けるわけではなく、ひたすら自然に差し伸べる。そしてそれが様になる。
シノは背も高いし、きっと顔も良い(はず)だから、ダンスパーティーとか似合いそうだなぁ…と思いマス。












(09/4/3)