※微エロです。
猫舌ノ火傷
「お前ってさ、猫舌?」
じゃれついてきた小さな子犬に指を舐められていたシノが、突然何だとキバを見た。
キバは、ただ胡座を掻いてじっとシノを見つめていた。
シノがキバに注意を向けた隙に、子犬が袖の中に潜り込んだ。
袖の中に頭を突っ込んだ子犬がもぞもぞと動く。
シッポを千切れんばかりにふりふり、袖内の更なる衣服の裾を引っ張っる引っ張る。
「おい、やめろ」
シノが黙って好きなようにさせていると、キバがやって来てひょいとシノの袖から子犬を引き出した。
「これはお前のオモチャじゃねーぞ。ほら、あっちで兄弟に遊んでもらえ」
小さな小さな子犬を手慣れた様子で持ち上げると、キバは部屋のドアを開けて子犬を廊下に下ろした。
ぺたんと座った子犬は、身を屈めたキバの顔をきょとんとして見上げている。
キバはちょっと微笑って、そんな子犬に囁くような小声で言った。
「……あれはな、俺のなんだよ」
子犬はまだちゃんと立たない耳をピクリと小さく動かしたが、矢張りきょとんとしていた。
キバは苦笑してから、子犬を挟まないよう注意しながらドアを閉めた。カチャリと、ドアが閉まる。
「……で」
落ち着きのない小さな愛らしい邪魔者がいなくなると、シノが問うた。
「さっきのは、何だ」
「さっきのって?」
「猫舌」
シノが言うと、キバはああ、と言ってシノの正面に腰を下ろした。
「さっき、ラーメン食ったろ?」
今度はシノがああと言って頷いた。
ラーメンと言っても一楽ではなく、カップラーメンだ。
今日はシノがキバの家に来ているのだが、姉も母も居ない犬塚家には、犬達とキバしかいない。
飯時になって犬達の餌やりを手伝わされたシノは、終えた後、これでいいよなとカップラーメンを差し出された。
ラーメン自体あまり食べないシノにとっては、カップラーメンなど悪食の最たるものだが、特別文句は無かった。
キバは豚骨、シノは塩ラーメンのカップに湯を注ぎ、3分待って食べた。
「そん時お前随分冷ましてたから、猫舌なのかなぁと思って」
キバが、横に転がしてあったベージュ色のクッションを抱きながら言った。
一抱えするのに丁度良い大きさのクッションは、新しそうではあるが早速犬歯の餌食になったのか、所々繕いがしてある。
独特な縫い目から察するに、姉のハナの手に拠るものだろう。
「自分が猫舌と思った事はない。熱ければ冷ます。当然のことだ」
「そりゃ当然だけどよ。でもラーメンってなぁ、熱い内にズズズーっと食っちまうもんだろ」
「そういうものか」
「そういうもんだ」
キバはこくりと頷いて見せたが、シノは納得いかないような顔をした。
「………確かに、あまり時間をか掛けるとのびて美味くはなくなるだろうが…。そう、急いて食べる必要は無いの思うがな」
頭を捻るシノに、キバは何だか主旨がズレて来たなと、抱いたクッションに乗せた頭で思った。
「否、あのさ。別に、ゆっくり食うのが悪いっつってんじゃねーんだよ。ただ、ほら…猫舌なんだろうかと」
「ああ…」
シノも主旨がズレていたことに気付いたようだ。
「猫舌か。そうだったな。……俺は…そんなに冷ましていたか?」
「俺にはそう思えたけどな。んだって、俺が食い終わった時、お前食い始めたばっかだったじゃん」
「それは……そんなことはないだろう」
そこまでいって、ぷつりと会話は途絶えた。シノが黙したのだ。何事か考え込むように口元に手を当てている。
カップラーメンを食べた時のことを詳細に思い出そうとしているのかもしれない。
キバは、そんなシノの様子をクッションにもたれながらじっと眺めた。
思い出す気などは全く無い。
キバにとって重要なのは事実よりも自分の感覚。詳細よりも大雑把な認識だ。
自分の食べ終わる頃に食べ始めたから、きっとシノは猫舌だ。それで充分。
だがシノは、自分が猫舌であるか否かを真剣に検証し、明確な答えを出そうとしている。
馬鹿だなと、キバは思う。
そんなもの、受け流してしまえばいいのに。
俺の話を真に受けて。
本当に―――。
キバの目が、シノの口元に止まった。
その中には、猫舌であろう舌が収まっている。
キバは思わず自身の舌を動かして、喉を鳴らした。
ぎゅっと、クッションを抱く腕に力を込める。
繕われた部分がはち切れんばかりになったが、独特なその縫い目は、存外丈夫だ。
「なあ――」
キバが呼びかけると、シノは口元から手を離して此方を見た。
キバはにやりと不敵な笑みを浮かべて、クッションを強く抱き締めたまま言った。
「確かめてやろうか?」
「……確かめる?」
シノがあからさまに眉を寄せた。
「熱湯でも飲ませる気か」
その反応にキバは苦笑し、ちげーよと言って、冗談ぽく揶揄うように続けた。
「俺のあっつーいキスで」
シノは、ますます眉を寄せた。
「……そんなもので猫舌が判るか」
「わかんねーじゃん?やってみなくちゃ」
キバはシノの反論に即応して、立ち上がりながらクッションを跨いでシノの前を陣取った。
胡座を掻いた脚の付け根に片手を乗せ、上から被さるような体勢を取る。
自分の動向を見守るために少し上向きになったシノの顔を、キバはもう片方の掌で包み込んだ。
固く閉ざされた唇を親指で撫でる。そして、軽くちょっとだけ唇を触れさせた。
だが、そこに至ってもシノは何の抵抗も示さない。
キバは口の端を上げ、挑発するように囁いた。
「いいのか? 火傷するぜ?」
シノは、頑なに閉ざしていた口を開き、
「わからないのだろう? やってみなければ」
と言った。
キバは笑った。
本当に、大真面目の大馬鹿野郎だ。
それならと、キバは遠慮無く口付けた。
舌を入れ、貪るようにシノの舌に絡める。
粘着音と触感。
熱くなっていく吐息。
肩口を掴む手。
うっすらと目を開けてみると、サングラスの陰にぎゅっと瞑られた目がうっすらと見えて、思わず口元が弛んだ。
「………ン…、っ」
鼻にかかったような声が漏れ、肩口の服が握り締められる。
悪戯心を起こして脚の付け根に乗せていた手をより内側に滑らせると、咄嗟に物凄い勢いで引っ剥がされた。
「―――っ、馬鹿者!」
シノはそう一喝した後、乱れた呼吸を整えながら手の甲で口元を拭った。
その甲に掛かる吐息が熱いことを、キバは知っている。
俯いた顔は仄かに上気し、怒ったように寄せられた眉の下には、泣きそうな目がサングラスの隙間から垣間見えた。
キバはそんなシノの様子に思わず笑みを浮かべ、だから言ったろ、と勝ち誇ったように言った。
「火傷するって」
サングラスの奥の目が上目遣いにキバを見た。
睨んだのかもしれなかったが、よく判らなかった。
「やっぱお前、猫舌じゃん」
「…………それについては――」
保留だとシノは言った。
落ち着きを取り戻したらしく、キバを正面から見据えて断言する。
「矢張り、キスで判るものではない」
「なんだよ。すぐギブアップしたくせに」
「それはお前が―――」
シノは一旦言葉を切り、僅かに身を竦め今度こそキバを睨んで、
「反則したからだ」
と咎めるような口調で言った。
そんなシノの非難の眼差しを受けたキバは
「手が滑ったんだよ」
ととぼけたが、シノの無言の圧力と冷たい視線に耐えきれず、いやそのと口籠もって視線を泳がせた。
シノは暫く黙ってキバの様子を窺っていたが、その内にまあいい…と静かに言った。キバがぱっとシノを見る。
「ただし」
見計らったかのように語気を強めて、シノは鋭い視線でキバを射抜いた。
射竦められる。
サングラスがいつの間にか外されていた。
さっきまで泣きそうだった目は今では怖ろしい程冷たく、キバの顔を硬直させて心臓を凍て付かせた。
「今度許可無くやったら、凍傷を負わせてやる」
ごくりと喉が鳴った。
冗談じゃない。
否、これは―――冗談だろ。
キバは無理矢理強張った頬を吊り上げて挑発的な笑みを顔に貼り付かせた。
「なら、その前に火傷負わせてやるよ」
ギリギリで張った意地だった。
強がりとバレただろうか。
シノはそんなキバを見て、ふうと息を吐くと何も言わずにサングラスを掛け直した。
途端に、キバは緊張が解けていくのを感じた。体の自由が戻ってくる。
まるで本当に凍っていたみたいだ……。
キバはどっと力の抜けた体を支えて、シノを見た。
シノは何事も無かったかのように口元に手を当てて何事か考え込んでいる。
凍傷を負わせてやるという、シノの言葉が甦る。
冗談―――だよな。
キバが一寸不安になった時、シノが唐突に言った。
「キバ…。犬の舌は猫舌にはならないのか?」
キバは支えていた力も抜けて後ろに倒れ込んだ。
抱き心地も良く枕にもなる有能なクッションが、上手い具合に受け止めてくれたけれど…。
天上が見える。
遠くで、甲高い鳴き声がキャンキャンと聞こえてきた。
子犬たちが喧嘩を始めたのかもしれない。
キバは―――。
なんとなく、赤丸に慰めてもらいたくなった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき(というより私事の近況報告)
久々にキバシノ、微裏でした。
6月初旬からラーメンの話を書こうと思っていたのですが、随分遅くなってしまいました。
皆さんはローソンでナルトのキャンペーンがある(あった?)事は御存知でしょうか?
そのチラシを眺め、私は見つけました!
一楽のカップラーメンのオマケシールの中に、小さく小さく、油女シノがいるのを!
吃驚しました。
他の面子は、新旧カカシ班にヤマトに自来也様。シカマルにヒナタですよ。
シカマルやヒナタは他の特典にもちょこちょこ出ているのでまあ頷けるんですが…。
こいつはどっから湧いたんだ!
と思わずにはいられないほど、場違いでした…。
だってキバもいないのに…。どうしてシノが選ばれたんだろう…。
と随分考えました。
何か、色んな意味で隠し玉のように思えてなりませんでしたが…。
取り敢えず当てるしかないと、普段あまり食べないカップラーメンを買い込みました。
そしてそして!ついに当てたのは、店頭に並んだ最後の4つを買い占めた、6月8日!
しかも最後の最後に開けた、8個目に!
嬉しかったですねぇ~。。
8個目で当てられたのは、運が良かったと思います。
以前スナック菓子でシノを当てようとした時は相当買いましたから……。
さて、そんな訳でシノ好きは地道に続いております。
カップラーメン→猫舌→こんな話、に飛躍するのもどうかと思いますが…まあ、妄想力は無限ってことで(笑)
あとがきと言うより近況報告(この喜びを叫びたかった!)になりましたが、
最後まで読んでくださり、有り難う御座いました!!
(08/6/30)