※親しくなりたくて…の一応続き。
春の誘惑
春。清々しい青い空と穏やかな雲の中を、淡い桜の花びらが雪の如く舞う季節。
人も虫も活動が活発になる時期だ。シノの中の蟲達も例外ではなく、この時期は随分とチャクラの消耗が激しくなる。
そのため、シノは任務や演習以外にはあまり出歩かないようにしていた。
だから、4班合同の花見を断ったのだが…。
「あれ? シノじゃねえ?」
人混みを避けて桜並木とは1つズレた道を歩いていたのだが、それでもよく知る匂いを逃すことはないらしく、キバの声が聞こえてきた。
そちらの方を振り向くと、やはりというか、見知った面々が満開の桜の木の下にシートを広げて宴を催している。
「お前、来ないんじゃなかったのか?」
もともと声が大きいため、キバの声は離れたところにいてもよく聞こえる。
しかし、シノは大勢の人で賑わう中大声で応える気にもならなかったので、そちらに近付いていった。
どうやら皆、キバの声にも気付かない程盛り上がっている様で、シノに気付いたのはキバとヒナタだけだった。
「否。参加しに来たわけではない。………ここでやっていたんだな」
「おうっ! どうよ、お前も。ちょっとぐらい寄ってけよ。美味いぜ?」
近くに来てからシノが応えると、キバが団子を差し出してきた。
見事なまでに言葉通り、花より団子のキバである。
「あ、あの…シノくん。無理しないで。でも、もし、よかったら……」
おずおずと、ヒナタも勧めた。
しかし、一度断っておきながら参加するのも気が引ける。
それに、花見と聞いた所為か、窓から舞い込んだ花びらに誘われてふらりと散歩に出てきただけですぐに帰るつもりだったから、団子だけ受け取って帰ることにした。
「これだけ受け取っておく。だが、俺はやはり参加はできない。これで失礼する」
そう言って踵を返した時、がっしりと背中から捕まえられた。微かな化粧の香りと強い酒の匂い…紅だ。
「シノ! やっぱり来たんじゃな~い。どこ行くのよ?ほら、あんたも飲んでいきなさい」
「先生…。俺は参加しに来たわけでは……」
「だ~め~よぉ? アンタはもっと人付き合いを良くしなさい! 上司命令よ!!」
まだ陽も高いというのに、随分酔っている様子だ。付き合いまで命令されては、堪ったもんじゃない。
しかし流石酔っても上忍で、シノが藻掻いたところで捕まえた腕を放すことはない。
「こりゃあ、逃げられねえな。大人しく観念しとけって、シノ」
紅に捕まえられているシノの横から、アスマがご愁傷様といった感じで話しかけてきた。
「あれ!シノ、いつの間に来てたんだぁ!?」
ナルトの素っ頓狂な叫びに続き、ざわざわと回りの皆もシノの存在に気付き始めた。
「……………………」
シノは、大きく溜め息をついた。
宴会は、夕暮れ時になるに連れてどんどん人口が減っていった。
まず、リーが酒を口にしてしまったため、ガイ班は暴走を押さえつつ退場していった。
続いて、酔って眠ってしまった紅をアスマが送っていき、心配だからとヒナタもついていった。
いのとサクラに挟まれて堪え切れなくなったのか、サスケが帰ると言いだし、いのとサクラもそれに続く。
そしてナルトがサクラを追っていき、残ったのはシカマル、チョウジ、カカシ、キバ、シノという微妙なメンバーだ。
シノは、このおかしな宴会の様子をぼんやりと観察していた。
シカマルは、一番花見を理解している様で、終始寝転がってぼーっと桜と空を眺めていた。
反対にチョウジは、花に目を向けることなく食べることに全神経を向けている。
キバは残ったと言っても帰っていないだけで、「じっとしていられない」と赤丸と散歩に駆けていった。
つまり、今ここで普通に座っているのは、シノとカカシだけだ。
そこまで状況を把握して、シノは溜め息を吐いた。
賑やかな場所にいるというのは、それだけでエネルギーを消費するのか、やけに疲れる。
重度の疲労感に、シノはもう一度息を吐いて、目を閉じた。
「おはよう」
気が付くと、シノはカカシに寄りかかっていた。辺りは陽も落ちていて、いつの間にか薄手の毛布まで掛けられている。
……どうやら、眠っていたらしい。
ふと見ると、残っていた面子も居なくなっていた。
「シカマルとチョウジは…」
「みんなさっき帰ったよ。キバと赤丸も。シノを起こして連れてくって言ってたんだけど、全然起きないから…。起きたら俺が送っていくってことで」
シノは体勢を整えながら半分寝惚けた頭で聞いていたが、カカシの言葉尻はしっかりと捉えた。
「…………いえ。一人で、帰れます」
「いいよ、無理しなくて。キバから聞いたけど、蟲が活発になってチャクラの消耗が激しいんでしょ。だから花見も断ったって」
そう言って、水筒から入れたまだほのかに湯気が立つお茶を差し出してくる。
確かに、その所為でシノは途中から殆ど夢見心地だった。
「しかし……」
「紅も言ってたろう? 君はもっと人付き合いを良くしなきゃ」
尚も言い募ろうとするシノを遮り、カカシはシノの手にお茶をいれた紙コップを持たせた。
春と言っても、やはり夜は冷え込む。毛布の温もりとは違った温かさに、シノは思わずほっと息を吐いた。
その時、シノはなにかおかしいことに気付いた。なにか、違和感を感じる……。
はっとしたように手を当てるが、そこにあるはずの、眼鏡がない。
以前にも似た様な経験があったため、すぐに察しがついた。
「人に頼るのは、悪い事じゃない」
「サングラスを返してください」
カカシの折角のお言葉も、シノの声が重なり見事に台無し。
流石にタイミングを誤ったと、シノははっとして口を噤んだ。
「あ、やっと気付いた?」
しかしカカシは全く気にせず、笑いながらシノのサングラスをぷらぷらと掲げた。
「……返してください」
「夜にサングラスは必要ないだろう?」
「要ります」
「そんなに自分の目を見られたくない? それとも、これが無いと、人の目を見られないかな?」
「………」
カカシが言わんとすることは、シノにもすぐわかった。
というより、自分が一番わかっている。
黒眼鏡の理由は、勿論陽の光から目を守るためだが、それだけではない。
相手に自分の思考を読まれないため。相手から自身の本性を隠すためである。
サングラスは、自他を隔てる防御壁。
これのお陰で他者は大抵近寄ってこなかったし、シノ自身も自分のペースを保てた。
必要以上の詮索や関わりは、気に障るだけだ。
シノは、眉間に皺を寄せ、露わになった目を鋭くしてカカシを睨んだ。
「返してください」
隠匿が美徳かそうでないかの議論をここでする気は無い。
自分だってわかっているのだ。
そんな壁を作っているせいで人付き合いが上手くいかないことは。
キバにはムカツクやら気に入らないと散々言われるし、ヒナタには距離を置かれる。
それでも。
「返せ」
内に秘めなければならない。
誰のためでなく、自分自身のために。
さらけ出してしまえば、負けだと思うから。
「返さな~い」
カカシの言葉に、シノは本気で蟲を使おうと考えた。
殺気でわかったはずだが、カカシは余裕たっぷりに笑み、空を見上げる。
イライラするのは体調の所為もある。
いつもなら、こんなことで感情を乱したりはしない。
相手が、この畑カカシでなければ…。
「こんなものつけてたら、見えないでしょ。この景色も」
なんとかして己を制していたシノの耳に、カカシの感嘆とした声が響く。
なんだと、シノも険しい表情のまま仰ぎ見た。
息を呑む。
黒い闇の中に舞う白い花びらの雪が、ひらひらひらひら、ひらひらひらひら、真上から舞い降りてくる。
その光景に目を奪われ無言の内に魅了されるシノを、カカシはそっと抱き寄せた。
琥珀色の目がぎょっとしてカカシを見る。
「壁なんて要らないよ。ほら。人に寄り掛かるのも、悪くないだろ?」
そう言うカカシの黒い片方の瞳も、シノを見返す。
車輪眼ではない、普通の瞳。
そのはずなのに、シノは何かの術にかかったような気がした。
何かが、鷲掴みにされたような。
全てを見透かして、自分の頑なに守っていたものをあっさりと素通りして。
「…………………まあ……そうですね……」
そんな曖昧な返答が喉を通って出てくると、それと一緒に何かも湧き上がってきて、シノは慌てて俯いた。
顔が熱い。呼吸が上手くできない。鼻の奥がつんと痛み、瞬きをすると滴が数滴服に落ちた。
見られてはならないと、慌てて手の甲で目を擦り、ゆっくりと小さく深呼吸を繰り返す。
泣いたら、負けだ。
既に負けているのに、強情にも認めようとしないシノにカカシは苦笑し、シノの肩を更に引き寄せた。
触れ合った箇所は互いの体温を交わし合い、その熱は毛布や茶よりも温かい。
さわりと吹く春の夜風が心地良いくらいだ。
夜桜を眺めながら、カカシは思った。
春の誘惑には、敵わない……。
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あとがき
カカシノ第二弾。親しくなりたくて…の続きです。
四月に入り、いよいよ春ですね。花見の季節です。
カカシノって案外難しく、なんだかシノが滅茶苦茶幼くなってしまいます。
それはそれで可愛いですが。
あまり可愛すぎるとシノじゃなくなるので…。
それもこれも、カカシ先生に余裕が有りすぎるからだ!
ギャグだとカカシ→シノのほぼ一方通行なのに。
シリアス系になると、途端カカシ←シノ傾向が強くなってしまう。
カカシノ。いっそのことギャグ一本に絞るか……無理だろうなぁ…。
(07/4/1)