「…………重い……」

背後からのし掛かってくる巨体の圧力に、シノはついに低い声を絞り出した。
「あ~。だり……」
けれどシノの文句を受けた男は、更にシノの背中に体重を預けてきた。
頭に乗せられた顎がしゃべるのに合わせてカクカクと上下し、それにつられて頭にも奇妙な振動が伝わってくる。
シノは溜め息をついて、それまで読んでいた『妖怪と認知』なる本を膝に置いて、だれてくる男に言った。
「アスマ先生……児啼爺って知ってますか」
「こなきじじい…? なんだそりゃ」
「人にしがみつき、老人の風貌で赤ん坊のように啼きながらどんどん重くなって、ついにはその人を押しつぶす妖怪です」
「ほぉ…。そりゃあ、奇っ怪なモンだな」
話の流れから、シノが暗に自分の事を「児啼爺」のようだと言いたいことはわかったが、アスマはすっとぼけて敢えて何も言わない。
そして頭の中では、自分は爺ではないし赤ん坊のように啼いてもいないから、児啼爺ではない……などと理屈をつけて正当化する。
「…………」
アスマが気付いていながらとぼけている事に勘づいたシノは、口を噤んだ。
ここで「あなたの事だ」と指摘するのは、何だかハメられたような、負けたような気がするので言いたくなかったのだ。
そしてそんなシノの心中を察して、アスマがにやりと笑みを零す。
「妖怪なら、俺は孫悟空がいいな」
ガキの頃ちょっと憧れた、と言いながら長閑な空を見上げる。
「……………では、チョウジが猪八戒ですか」
だが、ぽつんとシノが言った言葉に、視線を落とした。
「お前それ、チョウジが聞いたら怒るぞ?」
「何故ですか? 猪八戒は、ムードメーカーでしょう」
豚がキーワードだとわかっていながらとぼけるシノに、お互いとぼけるのが上手いなとアスマが苦笑を漏らす。
「………じゃ、河童はシカマルだな」
想像すると、下ろした髪に皿を乗っけただけで出来上がり、思いの外似合う姿に楽しくなった。
「いいな、ピッタリだ。シカマルガッパ!」
「………」
シノも似たような想像をしたのか、肯定はしないが否定もしない。
代わりに、最後の一人を挙げた。
「ということは、いのが三蔵法師ですね」
「………それが一番似合わねーな。あいつそんなに徳高くねーよ」
「………そんなこと言ってると、金の輪で頭締め付けられますよ」
シノの応えに、そう言えば孫悟空は俺だったなと思い出し、アスマは苦笑いに顔を歪めた。

そして、話を続行する。

「金角と銀角はナルトとサスケがいいな」
「サクラは…?」
「羅刹女」
「殺されますよ」
だかそう言いながらも、芭蕉扇を持っているあたりテマリの方が近いと言うシノに、それこそ殺されるぞとアスマが突っ込む。
「後は牛魔王だな。ちと微妙だが、キバにしとくか」
「では、ヒナタは…?」
暫し考え込んだ二人は、同時に口を開き、見事に声を重ねる。


「「お釈迦様」」


「………」
「………」
黙った二人は、共にそこは深く突っ込んではならない領域だと悟ったのか、それ以上は口を閉ざした。
暫しの沈黙の後、ふと、シノが言う。
「……俺は天馬ですか?」
いのの尻に敷かれる役回りだが、他にメインとなる登場人物(?)といったらそのぐらいしか思い当たらない。
だが、アスマは「否」と言った。
「では、何ですか」
シノが問うと、背負ったアスマが笑ったように震えて、シノは眉を寄せた。
そして、アスマが答える。


「お前はな、筋斗雲だ」


「きんとうん……?」
「そ。俺のノリモノ」
そう言って、ますます重くなる児啼爺。
俺は空など飛べないぞと、シノは眉間の皺を深める。
そして、何かいい切り返し方が無いかと考えた末に、言った。

「………………シカマルに譲ります」

常日頃から雲は自由でいいと呟く河童に雲の座を譲り渡すことにした。
けれどアスマは「ダメ」と却下して、更に乗りかかってくる。
乗られる雲は楽じゃないのだなと、妙な新発見をしながら、シノは再び本を手に取った。
本の両端を両手でしっかと握り締め、ぼそりと、低い声を絞り出す。



「……………重い………」


バコッ。

アスマの前頭部に、ハードカバーが容赦なく叩きつけられた。





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あとがき
アスシノじゃれあいSSです。
10班って、西遊記の面子に当てはめると上手い具合にはまるなぁ。
と思っただけの代物。
シカマルガッパなんて、ピッタリじゃないですか?(笑)












(07/10/4)